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『千の扉』 柴崎友香著 中央公論新社,2017-10

千の扉 (単行本)

千の扉 (単行本)

高度成長期に建てられた巨大団地(明記されていないが地理的には明らかに戸山団地である)を舞台に、そこにまつわる人々の人生の断片を描いた小説。いちおうの主人公は千歳とその義理の父親である勝男で、勝男が入院したことから千歳はその団地の一室に住むようになり、勝男に頼まれて「高橋さん」を探して団地内を歩き回ることで物語が動き始める。その物語が展開する合間合間に、違う時間の出来事や、わずかな間だけ登場する人物の視点から描かれた短いシークエンスが差し挟まれる。
千歳の他人との距離の取り方がおれから見ると少し不思議で、ある時にはとても簡単に間合いを詰めているように見えるし、その割には本人は人付き合いをあまり得意とは思っていないふしがある。そこに違和感があり同時に生々しくもあった。そういうものであろう、という程度の認識はもちろん自分にもある。
幼い頃に住んだ大阪の団地のたたずまいを重ね合わせ、千歳はこの団地を自分に近しいところと位置づける。けれど、やはりどこまで行ってもまれびとであるのだと感じる場面がいくつか登場する。たとえばかろうじて心を開いてくれたメイを探そうとするときに、千歳はどこを探せばいいのかわからないのに、かつて住んでいた夫の一俊にはあっさり見当がついてしまう。その疎外感は一俊と千歳自身との関係にも重ね合わされている。
まとまらないが、なんとも不思議な読後感があった。著者の本はもう一冊ぐらい読んでみてもいいかもしれない。最近そう言って実際読んだためしないけど。