黄昏通信社跡地処分推進室

黄昏通信社の跡地処分を推進しています

たれながし

○×か。
1回戦で敗退し、観戦ゾーンで試合の行方を見守っていたルキアは、口には出さずに呟いた。対戦フィールドは内から外に音は通すが、外から内には届かない。それでも対戦中は静かに見守るのがマナーだ。隣に立つシャロンセリオスも、食い入るようにフィールドを見ている。
少なくとも3人の視線を集めている当のレオンはしかし、この場には似つかわしくないほどくつろいで見える。身体に余計な力が全く入っていない。1問落ちで迎えた最後の問題で、ここでまくらなければ決勝はない、となれば少しは硬くなってもよさそうなものだが、少なくとも端から見ている分にはそういう気配は一切伝わって来なかった。
問題が放送され、それと同時に流れるように問題パネルの上に表示され始める。「2004年のベストセラーとなった『世界の中心で、愛を叫ぶ』の――」
「だあっ!」
レオンの叫び声が響き渡った。回答パネルの「×」が光り始める。
「あっちゃー……」
思わず口に出してしまい、慌ててルキアは自分の手で口を塞いだ。
シャロンも額に手を当てている。セリオスだけが、眉ひとつ動かさずフィールドを見ている。他の対戦者の回答パネルはひとつも点いていない。
「――元のタイトルは」 問題は続く。ここで一拍溜めてから、「『ソクラテスの恋』である」
やっちゃったね。あたしだって思いとどまるのに。
結構有名な分岐のある問題で、あのタイミングで飛び込むのはそれこそレオンぐらいのものだ。二分の一に賭けた 16.66 狙い。そういうのは嫌いじゃないけど、もう少し慎重になってもいいのに。
次々に回答パネルが光り、全員が回答を終えるとすぐに正解が発表される。正解は8人。レオンともうひとりだけが不正解だった。がっくり肩を落とすレオンの姿がフィールド越しに見えた。これで3回戦が終了し、決勝までわずかの休憩時間に入る。ギャラリーが動き、しゃべりだし、会場はたちまちざわめきに包まれた。
「まったくあの馬鹿は、学習能力ってもんがないのかしらね」 シャロンが髪をかき上げながら言う。声にはわずかに苛立ちの響きがある。
ルキアも同感だった。同感だけど、ちょっとひっかかる。なんだろう??。
「いや、今のは必ずしも間違ってない」
セリオスがフィールドの方を見つめたまま言った。「レオンは今の問題の前の時点で6位だった。全問正解が4人居て、しかも結構得点が高い。通過するためには、ここでレオンは高い点を取って、なおかつ4人のうち誰かがミスすることが絶対必要だったんだ」
「結局自力では無理ってことでしょ」 シャロンが冷ややかに応じる。
「それはそう。それに有名な問題だから、あんまり間違えることも期待できない。でも、上位4人だって絶対知ってるとは限らない。ひとり飛び込めば、焦ってミスをするかも知れない。あれでいて、勝てる可能性が一番高い行動を取ってるんだよ、レオンは」
ルキアは先ほど感じたひっかかりがなんなのかわかった気がした。あのダイヴを「あっちゃー」と思ったのも確かだが、同時にそれでいい、とも直観的に感じたのだ。
「ふん、どーせ考えてやってるわけじゃないわよ」
「たぶんそうだろうね」
セリオスもあっさり認めた。「でも、レオンにはそれがわかるんだ。あの 3.33 秒の間に、どうすればいいのかが考えなくてもわかるんだよ。そしてその通りに行動できて、さらにその行動はだいたい正しいんだ。おそろしいセンスだと思うよ。うちのクラスでも、才能ならひょっとするとあいつが一番かも知れない」
「へえ、そこまでレオンを買ってるんだね」 ルキアは思わず口を挟んでいた。
「買ってない。あいつは莫迦だ。今のだって、僕だったら○に飛び込む」
「えっ?」
ルキアシャロンの声は綺麗に揃った。
「今の問題のもう一方の分岐憶えてるかい、ルキア
「え、×になる方でしょ。『エピクロスの恋』じゃなかったっけ」
「その通り。さて、仮に上位4人の中にこのどっちの分岐も見たことがない人が居たとしよう。その時に出た問題が『エピクロス』の方だとしたら、その人はその問題を落としてくれるか?」
ルキアセリオスの言わんとするところがわからなかったが、シャロンには通じたようだった。
「………エピキュリアン、か」
「そう」
セリオスが心なしか満足そうに肯く。「僕はその小説を読んだことがないけど、少なくとも快楽主義者の代名詞になる人がタイトルになっているとは思えない。未見の人が間違える可能性は、多分『ソクラテス』の方がいくらか高い」
「………そっかー。」
ルキアは心底感心してしまった。クイズって、奥が深い。定型の問題がいくつもあることを、単に不思議だとしか思っていなかったが、こういうことも考えられるのか。単に知識を縦横に身につけて行くだけじゃ、やっぱり駄目なんだな。これまで考えたこともなかったけど、セリオスはいつもこんなことを考えながらクイズをやってるんだろうか。だとすれば、あたしは??
気がつくとルキアは、数秒間セリオスの顔をじっと見つめてしまっていた。セリオスは居心地悪そうに視線をそらした。
「どっちにしても、3.33 秒で考えられるようなことじゃないよ、それは」
セリオスは何かを確かめるような調子でそう言うと、大げさに首を横に振った。
「……ところで、我らがヒーローはまだお戻りにならないのかな。ダイブ失敗がみっともなくて戻って来れないか」