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帰ってきた役に立たない順番当て記憶法

予習とはいえテスト形式のものなら得点も一応集計される。成績に大きく影響するようなものではなかったが、全く関係ないというほどでもない。生徒たちはそれなり以上に真剣に挑んでいるのが常だった。結局のところ、好きでなければアカデミーになど長居できるものではない。
教室の“ホワイトボード”に、次の問題が表示される。
「次の4つの元素を、原子番号の小さい順に並べなさい。
a. Co
b. Cr
c. Cu
d. Ca 」
「なんじゃそりゃあ」
タイガは思わず口に出していた。原子番号の順番当ては何問か見たことがあるが、確か左端とか右端とか、そういうところに縦に並んでる奴を答えさせる奴だった筈。これは少なくともそんなんじゃない。Ca がカルシウムで、Cu が銅っちゅうところまではわかるけど、Co はなんだったか……、Cr になると見当もつかん。
「……判らん時はアルファベット順、と」
タイガは dabc とパネルを叩いた。周りを見回すと、入力を終えてる奴と考え込んでる奴と真二つだ。終えてる奴も多分その中でまたふたつに分かれてて、正答を導くことができた奴とやけくそでとりあえず入れちまった奴と両方居るんだろう。
その中で、クララが何かぶつぶつ呟きながらパネルを押しているのが目に入った。あの様子だと、どうも丸暗記というのでもなさそうだ。
回答時間が尽きて正答が発表される。dbac 。アルファベット順が当たらずとも遠からずだったようだ。arou 。アロウ。正答者は多くなかったが、その中にクララはしっかり入っていて、小さく二回肯いていたのが見えた。
残りの2問が終わって休憩時間に入ると、タイガはすぐにクララの机に向かった。クララは一瞬小首を傾げかけたが、すぐに向き直って眼鏡の角度をちょっとだけ直した。
「クララ、さっき元素記号の順番当ての時なんかぶつぶつ言ってたやろ。なんかいい憶え方でもあるんか?」
「あ、えーと、あれは、」
クララははにかんだ笑みを浮かべながら少し目を伏せて、「憶え方というよりは“呪文”ですね」
「呪文ん?」
タイガは思わず目を剥いた。呪文、って言ったよな、いま。それは文字通りの意味なのか。それともあれか、文学的表現か。
「ロマノフ先生に教わったんです。周期表の四段目前半に出てくる元素の覚え方。大体20番目まで憶えて、あとは縦の左右二列ずつを憶えればいいって言いますけどね。こんな問題も出るんなら、憶えてた甲斐がありました」
「はー、流石じいさん、余計なこと色々知っとるもんやな。で、どんなん?呪文て」
クララは二秒ほどためらったが、結局口に出した方が恥ずかしくないと判断したようだった。詩を暗唱するように、流暢に“呪文”を口にする。
「かりかるすてぃーぶくろまんてつ、こばるとにっけるどうあえん」
タイガはどう反応していいかわからなかった。多分、これが詩だとしても異国の詩だ。でなければ異星の詩か。復唱することもままならない。
その様子に気付いてか、クララはのんびりとした口調で訊いてきた。
「……どうしたんですか?」
どこから突っ込むべきなんだ。語呂合わせなのに全く意味がないことか。その割には微妙にリズムが七五調っぽくなってることか。それとも後半は単に元素名を並べてるだけなことか。
「――いや、なんでもない」
タイガはタイミングを逸してしまい、結局それしか言えなかった。
いずれにしても“呪文”は自分には使いこなせそうにない。じいさんやクララには合ってるんだろうが。
「どうもおれには向いてないみたいや。いま聞いたばっかやけど、もうスティーヴしか憶えとらん。他の覚え方考えるわ。ありがとな」
「いえ。……ごめんなさい、役に立てなくて」
クララがまた少し視線を落とすのを吹き飛ばすように、タイガは大げさに手を振った。
「ええって、気にすんな………あ!」
踵を返しかけたところで、タイガは以前から機会があれば伝えようと思っていたことを不意に思い出し、もう一度くるりと向き直った。
「なんでしょう」
「その丁寧語止めようや。どうも偉い人と思われてるみたいで調子が狂う」
「は――」
クララは答えかけて一旦口をつぐみ、ほんの少し上気した頬でにこりと微笑んで肯いた。「――うん。」