黄昏通信社跡地処分推進室

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名前を残した馬たちへ2005 (1)

今年も日本軽種馬登録協会から 2004 年度に供用を停止した種牡馬が発表された。そのうちサラブレッド43頭と、2004 年度に輸出された種牡馬8頭の合計51頭について、今日から4日間にわたって簡単にコメントをつけていこうと思う。

アイシーグルームUSA(父 Blushing Groom,1983) 死亡
ごく限られた産駒だけが印象的な走りを見せた一発屋イナズマタカオーケイワンバイキング、ヨイチキナコ。誰を真先に思い出すかで競馬歴がある程度測れるかも。晩年は確か青森で繋養されていて、少なくとも 2004 年度の産駒は登録されている。この実績でこの歳まで永らえたのなら幸運だったと言うべきか。安定性のない種牡馬を生産頭数が少ないところで繋養するのはかなりの博打だと思うし。
アイネスフウジン(父シーホーク,1987) 死亡
東京優駿を逃げ切り、長年そのレースレコードが破られなかった、シーホーク最良の産駒の一頭……だったのだが、種牡馬としてはとうとう芝向きのステイヤーを送り出せなかった。それでも初期にスプリンター・イサミサクラ、その後にはダート女王ファストフレンドを出して、意地は見せたと言うところか。この二頭などを通して後世に血は受け継がれていくことだろう。死ぬには少し若すぎる歳ではある。
アイランドゴールド(父ノーザンテースト,1996) 用途変更
4戦1勝、勝ったのは新馬戦のみ。ロサードの勝った新潟3歳ステークスで8着だった馬、らしい(微妙過ぎ)。祖母がアサーティブプリンセス(パシフィカスの半妹)で、父がノーザンテーストということで種牡馬になったのだろう。産駒は調べがつく範囲で1頭だけ。流石に一杯一杯。こういう種牡馬も居る。
アサクサゴーフル(父サンデーサイレンス,1992) 用途変更
サンデーサイレンスの初年度産駒で、母の父はノーザンテースト。12戦4勝で種牡馬になった。このクラスの種牡馬としてはそこそこチャンスが与えられたが活かすことはできず、殆ど産駒は走っていない。難しいものだ。
アスワン(父ノーザンテースト,1979) 用途変更
ノーザンテースト全盛期の産駒の一頭。社台の馬なのに当時使っていた「シャダイ」などの冠号がつかないネーミングになっているのはオーナーサイドの期待の表れと言われている。リアルタイムで見てないのでほんとかどうか知りませんが。競走馬としては大成せず、種牡馬になってから送り出したメジロアルダンもとうとうGIには手が届かなかった。軽快ながらタフな産駒を多く出し、平坦や足抜きのいいダートでよく稼いだ。夢は破れたが余生は約束されている。ゆっくり過ごしてほしい。
アドマイヤベガ(父サンデーサイレンス,1996) 死亡
テイエムオペラオーナリタトップロードと三冠をひとつずつ分け合った「三強」の一角。勝てなかった二冠でいずれも6着という微妙過ぎる着順に沈んだ辺りでやや印象が悪い。しかもこの馬がそのまま引退してしまったのに対し、あとの二頭はその後合計4年にわたって物語を紡ぎ続けたことで、少し影が薄い存在になりかけていたところだった。真先に送り出した産駒が大活躍を始めたところで命を落としてしまう間の悪さも悲運。東京優駿は強かった。残された産駒が、どれだけ父の名を上げることができるか。
アレアズマ(父アレミロード,1989) 用途変更
南関東で重賞勝ちがあるが、失礼ながらその程度の成績にしては長く種牡馬をやっていたのだな、と思ったら結構牝系がいいのですな。流石に産駒から一流馬は出せなかったが、イセノイチ(中央3勝・現役)が一頭気を吐いている、らしい。チャンスはもらえたし、チャンスの中では最大限に近い結果は出したというところか。アレミロードの後継種牡馬はこれで全て引退。
アントレプレナー
53:54+09:00">IREGB(父 Sadler's Wells,1994) 輸出(アイルランド):2000 ギニーの勝ち馬。サドラーズウェルズの仔だけど、マイルで勝ってたんならなんとか……とも思ったり。産駒は今年デビューなので、見届けないまま再輸出だけど、こういう種牡馬は需要があるのならどんどん動かした方がいい。輸出先はアイルランドになっているがこれは経由地で、今年からはロシヤで供用されるらしい(参照→JAIR:海外競馬速報 2005-01-10)。クールモア→青森でもすげえ都落ちなのにそっからロシヤってのも流浪馬生ですなあ。なんかでも、俄然応援したくなって来たぞ。数少ない産駒だけど活躍して欲しい。本人も新天地で頑張ってくれ。父系を築けるかも知れない(アントレプレナーだけに)。
イナリワン(父ミルジョージ1984) 用途変更
あっちゃー、用途変更か。三強もとうとう父系は残せずじまいになりそうだ。とかしたり顔で書いてるがオグリキャップイナリワンスーパークリークの三強はぎりぎり競馬観始める前だったりする。それでももし自分がオンタイムで観ていたら、きっとイナリワンを一番好きになったことだろう。むらだけど底力があって、ここぞって時にきっちり決める。観ていないのが悔しい馬だった。代表産駒はイナリコンコルドということになるのだろうか。個人的にはとうとう重賞を勝てなかった半端距離マイスター・シグナスヒーローと、小さな身体で長距離を走りぬいたツキフクオーが印象深い。ミルジョージの仔らしく活躍馬がわりと牡馬に偏っていたが、母の父として大物を期待したい。
インターフラッグ(父ノーザンテースト,1993) 用途変更
一時期流行った言い回しで言えば「ノーザンテースト最後のステイヤー」とでもなりましょうか(多分実際にはそんなこと言われてなかったが)。ど格下ながら果敢に菊花賞に挑戦してそこそこ好走したあと、長距離のオープン特別を中心に息の長い活躍を続けたが、ノーザンテースト晩年の産駒らしく底力が足りない印象は否めなかった。晩年は岩手に転出。2001 年の夏まで走っているので、長くて3シーズンしか供用されていないが、産駒が居たかどうか確認できない。切ない。もう少しぐらいはチャンスがあってもよかった気がする。
エイシンキャメロンUSA(父 With Approval,1996) 用途変更
2歳から3歳初めにかけて大活躍、以後はただの馬、古馬になって随分経ってからちょっとだけ存在感。ちょっと前の輸入競走馬はこういう馬が多かった。スピード、早熟性、芝適性(これは伝えられたか怪しいが)、と兼ね備えているのだから、需要があってもよさそうな種牡馬なのだが、産駒はごく少ない。デビューするとすれば来年になる。アーリントンカップは1位入線のバイオマスター(父 Strolling Along)の進路妨害に遭って繰り上がり優勝だった。重賞の1,2着が降着で入れ替わるのは日本では珍しいのでよく憶えている。そしてバイオマスターはとうとう重賞を勝てなかった。ちなみにバイオマスター種牡馬になっているらしい。
エイシンダンカークUSA(父 Mr.Prospector,1997) 輸出(アメリカ合州国*1
競走馬として輸入、中央で3勝どまり。故障かなにかあったようだが、凡庸な成績ではある。父がミスプロ、母が欧州最優秀2歳牝馬?(詳細不明)という良血で種牡馬入りしたようだ。日本に何頭か産駒を残し、この度 USA に輸出。種牡馬になるために輸出されたのかどうかもわからないが、新天地での活躍を祈りたい。
エックスコンコルド(父サンデーサイレンス,1994) 用途変更
未出走。サンデーサイレンス×トウショウボーイということで種牡馬入りか。産駒は中央でもちょっとだけ見たが、残念ながら1勝できた馬すらおらず、活躍にはほど遠い成績のようだ。母のエックスワイスキーは競馬を観始めた年の夏の札幌で人気に応えて勝っていたのを憶えている。おれはこの馬に降級という概念を教わった。今調べてみたら、準オープンで好走してた上に二降級だったのね。そりゃ勝つわな。殿下の指摘の通り、競走実績のないサンデーサイレンス産駒が種牡馬として成功した例はエイシンサンディ以外殆どない。とはいえこの時点ではわかりようもなかったことだが。

明日へ続く。

*1:アメリカ合州国:この表記で妥当なのかどうか、全く自信がない。さりとて代わりの表記も思いつかなくて困る。直接関係ないけど、「イギリス」もそうだな。