黄昏通信社跡地処分推進室

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役に立たない並べ替え記憶法

「ビニルニリウム」
ルキアは予習が終わるとすぐに口に出して唱えてみた。どうしてもこの単語を憶えることができない。「ビニルニリウム、ビニルニリウム、」
と、誰かがいいタイミングで、「ビニリルニウム」 
「ビニリニル……」
思わずつられてもつれてしまい、ルキアは声の主を軽く睨む。ユリが嬉しそうににやにや笑っている。
「ちょっと、ユリだって間違えてたでしょ」
怒っている声を出そうとするのだが、そう思うほど笑ってしまう。
「だから他人を邪魔するんだよ」
「自分も憶えようとは思わないの?」「頑張ったけど無理でした」
「うーん」
ルキアは手元のノートにビニルニリウム、と書いてみる。手を動かせば憶えるとはよく言われることで、実際初めて書く単語ではないのだけど、答は頭に入ってくれない。何か規則性はありそうにも思えるのだが、それがなんだかわからない。
「なんかいい憶え方ないかなー」
誰に言うともなく呟くと、思いもかけない方向から反応があった。
「構成単位に分解しないから憶えられないのよ」
マラリヤはいつもと同じように表情らしい表情を浮かべていないが、こちらを向いているし言葉の内容からしてもルキアに対して言ったのだろう。
「どういうこと?」
マラリヤはすっと席を立ち、すたすたと歩いて行くとホワイトボードにさらさらとアルファベットを書きつけ始めた。
nil un bi tri quad pent hex sept oct enn + ium”
そこまで書いてマラリヤは一旦戻りかけたが、思い直したように付け加えた。
“bi nil nil ium”
目から鱗が落ちる、とまではいかないが、どうしてこれを思いつかなかったのだろう、というのは偽りあらざる思いだった。bi や nil は確かに2と0を想起させる言葉じゃないか。「200」を機械的に変換しているだけだったのか。
この手のことを、中々自分で思いつくことが出来ない。それがいつも悔しいしもどかしい。マラリヤやカイルやセリオスは、こういうことを問題に出遭った時に考えつくことができるんだろう。勉強している時間にそれほど差があるとは思えないし、知識量だって負けては居ない心算だ。でも、こういうところが、及ばない。
「へー、それでウンウンウニウムなんだね」
ユリは屈託なく感心している。「てことは、これでいくらでも元素の名前が作れるんだ」
「いや、元素の名前じゃなくて仮の名前だぞ」
先ほど教室の外に出たと思っていたセリオスが戻って来ていた。「ついでに言うとそこはきみの机じゃなくて僕の机だ」
例によってユリはセリオスの指摘を綺麗に無視する。「たとえばウンウンウンウニウムだったら?」
「千百十一だな」
律儀にセリオスも応じる。
「ウンウンウンウンウニウム
「一万千百十一」
ペンネンネンネンネン・ネネム
「それは宮沢賢治
「ハリキリスタジアム」
タイトー
マラリヤは席に戻って来ていて、呆れた様子でふたりのやりとりを聞いていたが、ルキアの方を向いて言った。
「これで忘れないでしょう」
「あ……、うん、ありがとね」
ルキアは応じた。「保証はできないけど、多分忘れないと思う。応用も利くしね」
マラリヤは首を縦にこくんと振った。
それから、一瞬口を開きかけてすぐに閉じ、また口を開いた。「あんまり考え込み過ぎない方がいいんじゃない」
ルキアは驚いてマラリヤの方に向いてしまったが、やはりその顔には表情らしい表情は浮かんでいなかった。1秒ほど目が合うと、マラリヤはホワイトボードの方へ向き直る。
正面を向いたまま、呟くようにぼそっと言った。
「休むに似たりよ」
「……うん」
そっけない言葉だったが、何故か妙に気分が軽くなるのがはっきりわかり、ルキアは力をこめてうなずいた。