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『海獣の子供』(1)(2) 五十嵐大介 小学館/IKKIコミックス,2007 ISBN:9784091883681/ISBN:9784091883698

主人公の琉花は夏休みだというのに部活を追い出されて居場所を失ってしまい、ふらふらと電車に乗って辿り着いた汐留で突然東京湾に飛び込む奇妙な少年と出会う。少年は海と名乗り、琉花に自分たちと同じニオイがする人間だと告げる。
琉花は父親が勤める地元の水族館で大水槽を自由に泳ぎ回る海と再会する。海の保護者であるジムによると、海とその兄弟である空とは生まれた直後から2〜3年の間海中でジュゴンに育てられたというのだ。琉花は空とも出会い、ふたりに強く惹かれてゆく。

ということで、五十嵐大介の初長編が出ていたので買う。絵が恐ろしく上手いので見ているだけでも幸せなのだが、ストーリーの方もどうして中々面白かった。上には書いていないが、並行して世界中の水族館や三人のいる近くの海で異変が起き、その異変と海と空の謎と琉花の過去の体験とが絡み合って物語は進んでいく。
もともと現実世界と地続きの世界に起きる不思議なことを描くのが得意な作者であるから、海洋という現実にあっても神秘をはらんだ舞台を選んだのは正解だと思うし、海中や海上という凡百の漫画描きでは絵にするだけでも難しい場面を、動きまで含めてあっさり漫画に落としこんでしまう画力は作者の真骨頂と言えるだろう。琉花の、海の、空の、いきいきと描かれていること。魚たちや動物たちの真に迫っていること。水面の波が海底に描く模様の美しいこと。
この人の作品は常に漫画の持つ力とそれを読む喜びを与えてくれる。連載は追っていないからしばらく待つことになったがどうやらその甲斐は充分にありそうだ。続刊を楽しみに待ちたいと思う。

余談だが、どうも未だに山奥に住んでいるようで、アシスタントとかあまり居そうにも思えないのだがどうなのだろう。少なくともあからさまに絵が違う部分はなく、ひょっとすると本当にひとりで全部描いているのかも知れない。だとすればおそろしい業としか言えない。