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『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』 ジェシカ・ユー監督 2004 於ライズX

こんな生き方ができるものなのだろうか、と思った。
ヘンリー・ダーガーは 81 歳で死ぬまで自作の小説とその挿絵とその他諸々を誰にも見せずに自分の部屋で延々と書き/描き続けていた希代の奇人で、所謂アウトサイダー・アーティスト*1としてはとても有名な人物だ。おれも逸話はどこかで読んだことがあったけど名前は忘れてたし、この映画についてもどこかで見たけど劇場で観るのはどうかな、と思っていた。それが、先日たまたま妻とライズXの前を通りがかった時に「こんな人の映画やってるんだよ」的な話をしたら観たいというので、ちょうどいいやとふたりで観に行った次第。
ドキュメンタリーとしてはダーガー本人を知る人数人へのインタヴューと遺稿から拾った断片的な記述から構成されているのだけど、当然メディアに露出があったわけでなし、本人もアパートと職場と教会の三角形をぐるぐる回るマイクロフト・ホームズも真青の生活をずっと続けていたらしく、極めて曖昧なことしかわからない。周囲の人の証言も食い違い、印象の薄さをいやでもうかがわせる。
一方で作品世界はあらゆる意味で過剰という他なく、分量(15000 ページに及んだという)といい細部の執拗さ(作中の戦闘ひとつひとつに戦費を設定していたとか)といい、ダーガーは尋常ならざる思い入れをもって創作に打ち込んでいたらしい。ダーガーにとって「非現実の王国」はバーチャル・リアリティであったのだろう。
読み通した人は皆無とさえ言われている物語の方にはコメントできないが、絵は鮮やかな色使いで美しい。こんな生活をしていた人が……というバイアスは多分にかかっていると思うけど、ちょっと心に残るところは確かにあった。
それにしても、やはり生き方のほうに惹かれるというか、どうしても引っかかってしまう。失礼ながらインプットも大してなさそうな人生だったのに、どうしてそんなにもたくさんアウトプットできたのだろうか。どうして 60 年もの間、モティヴェイションが持続できたのだろう。
こんな生き方が、人間にできるものなのだろうか。

*1:アウトサイダー・アーティスト:まあこの言葉もよくわからんけども。ここでは芸術教育を全く若しくは殆ど受けずに作品を作りながらアーティストとして認められるに至った人、ぐらいの意味。