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魔界塔士サ・ガねたばれショートストーリー

ねたばれっつーかもう。


ヴァイスの啖呵を聞いて、スーツの男の口許がぐにゃりと歪んだ。
「神に喧嘩を売ろうというわけか……」
口許は笑みの形に変わり、「どこまでも楽しいひとたちだ!」
フォルクは御託を最後まで聞かず、いきなり最小限のモーションで《神》と名乗る男に切りかかった。男は予備動作もなく後方に飛びずさり、マサムネの切先はスーツを切り裂いたにとどまった。
「ちっ」
「思い直すなら今のうちですよ」 男は口の端を吊り上げたまま言う。「先ほど申し上げた通り、どんな望みでも叶えます」
フォルクが一瞬私の方を見た。何故私? だが視線の意味は明らかだった。応じるまでもなかったが、私はごく小さく肯いた。ティリーもヴァイスも男を見据えたままだった。各々の脳裡にある答えが同じであることは間違いなかった。
「死んでくれ」
フォルクが代表して口に出した。
目の前の男が本当に神なのかどうかは知らない。知る由もない。だが要所要所に顔を出していたこと、私たちのここまでの道のりを全て知り尽くしていたこと、そしてなにより今ここにこうして立っていることを考えると、おそらく少なくともそれに近い存在なのだろう。どんな望みでも叶える、というのはあながち大げさでもないに違いない。
「それは望みじゃありませんね。命令だ」 男はしれっと言う。
「あたしたちをモノだのコマだの好き放題言ってくれたんだから、」
ティリーが右手を胸の前にかざす。口許にはひどく楽しそうな笑みを浮かべている。ぞっとするほど――
……ぞっとするほど、綺麗だと思った。
「望みとか命令とかでごちゃごちゃ言わないでよね」 殆ど囁くような低い声。
ティリーの右手から、すさまじい炎が《神》に向けて迸った。火焔は一瞬のうちに男を包みこむと、そのまま左右に広がり、また叩きつけるように戻ってきて身体を舐める。左右同時に渦を描きながら、巻き上がり、立ちのぼり、のたうちまわる。
ティリーの姿に見とれそうになりながらも、私も ESP の発動準備を進めていた。自らの裡に湧き上がる感情の流れが身体を巡るのを知覚する。胸の辺りから、ほとばしるように四肢の先まで伸びていく、形にならないけど熱を持った流れ。指の先まで進んだそれを、巻きつけるように内側へ向けて引きつける。戻ってきた流れは再び胸で増幅されて走り出す。全身が完全なフィードバック回路になっているのを、私は完璧に知覚する。自分の身体を傷めないぎりぎりまで回路を走らせて、それから一気に回路の端を相手に向けて開放する。
精神力爆発――《サイコブラスト》。
光の球が両手両足の先から小さな弧を描いて男に向かって飛んだ。軌跡が残像となって宙に残り光の爪と化し、次々にその先端が男の身体を刺し貫いてゆく。体の内側で爪同士がぶつかりあい、反応したエネルギーがまばゆい光球を生じさせる。教科書通り、自画自賛したくなるような力の増幅と解放だった。
並のモンスターなら、ティリーの《フレア》と私の《サイコブラスト》をまともに受ければ立っていられない、どころか粉々になっていることさえある。しかし仮にも神を自称する男がこの程度で倒れるとも思えない。この際完膚なきまで叩きのめしてやろう、と思いながら次の ESP の発動準備に移る。
と、消えかけながらもまだ弾けている光球に自ら飛び込むように剣をふりかぶって斬りかかる人影が見えた。明らかにヴァイスだったが、持っている剣の姿に見覚えがない。男はかわすことは難しいと判断したのか、左腕の前腕を差し出して顔をかばった。素人のような行動だが所作は落ち着き払っていた。
がしゃああん。
思いのほか澄んだ激突音が響き渡った。剣が粉々に砕け散ったのだ。
ようやくそこに至って、私はその剣を見たことはあったことを思い出した。ガラスのつるぎ。刀身全てがガラスで造られている不思議な剣。ヴァイスはこんな壊れ物持ち歩けるか、と憤っていた筈だが、ずっと担いで来ていたのか。
破片は半ば剣の形を保ったまま、惰性で男の身体に横なぐりに近い角度で降りかかった。剣だった形の内側から光があふれ、透明の欠片がきらきらとそれをはじく。どうやら破片自体も光を放っているらしく、男の身体に突き刺さって中から肉を抉っている。よほど強い「ちから」がこめられていたのだろう。その力が、相手に叩き付けることで物理的に解放されるようになっている。よくできている。しかし、作るのには信じられないほどリソースが注ぎ込まれている筈だ。
流石に利いただろう、と思ったのだが、男は破片まみれになりながら、血の一滴も流していなかった。
「…この剣で斬られるとは、思いませんでしたよ」
「……?」
ヴァイスは刀身を失った剣の柄をまだ両手で握っている。
「流石に素晴らしい威力ですね」
男は両掌で顔や腕に刺さった破片を無造作に払い落とす。じゃりじゃりと嫌な音を立てながら破片が光を放って消失してゆく。それですら男を傷つけるはずで、実際に男の皮膚(というより表面)はどんどんぼろぼろになっていくのだが、それを意に介する様子もない。
「私が作っただけのことはある」 にやりと笑んだ顔に凄みがあった。
「……おまえが?」
「そうですよ! でなければどうしてあんなところにこんな素晴らしい剣が落ちている筈があります」
男は大げさなしぐさで肩をすくめてみせる。
ヴァイスは手に残っていた柄を投げつけた。男は上半身だけで軽くかわし、柄は空しく地面に落ちてがらんと転がった。
「阿修羅に挑む可愛いちっぽけな駒たちへの私の心からのプレゼントだったんですよ。後生大事に持っていてもらって、嬉しいような残念なような複雑な気分です」
「けっ、そうと知ってりゃ使わなかったのにな」
ヴァイスは言いながら一歩下がり、腰に下げていたエクスカリバーを抜き放つ。
「そろそろ私の番といきましょうか」
《神》は私たちを見渡すように視線をめぐらせてのたまうと、とっ、と軽く一歩後方に飛びずさり、左手を広げて真横に軽く振った。
なにが起きたのか、まったくわからなかった。
把握できたのは、辛うじて気配を感じてのけぞったこと。それも殆ど防御の役には立たず、私は文字通り吹き飛ばされたらしかった。巨大な平手で張られたような衝撃が伝わり、倒れながら地面を二三回は転がった。ようやく俯せになって止まり、なんとかすぐに立ち上がったが、どちらに男が居るのかもわからない有様だった。
視界がぐるぐると回る中、どうにか男の方へ向き直ろうとする。視野に仲間たちが入った。ヴァイスも、ティリーも、フォルクさえもなぎ倒されている。
男は涼しい顔で元のところに立っていた。なんということだ。
唇に生温かい液体が流れ落ちてくる感触を覚えて、私は思わず手の甲で鼻の下を拭った。鮮やかな鼻血がべっとりとこびりつく。口の中も少し切ったらしい。ちょっと塩辛く、ほのかに鉄の味がする。
くそっ。
呟いて、男を睨みつける。まだ視界は定まらないが、大丈夫、まだやれる。
絶対にこの男を倒す。





お題は「ガラスのつるぎ」。前々からなかなか叙情的な武器だよなあと思っていました。
サ・ガは通常の武器にも使用回数があるというちょっと変なシステムなのですが、なかでも「ガラスのつるぎ」と「かくばくだん」はそれぞれ1回ずつしか使えない最終兵器的な存在で、まあなんとなくやはりラスボスにとっておきがちでした。
武器によるダメージにはある程度乱数による幅があるのですが、初期化に癖があって、その武器で攻撃するのが何回目かで必ずダメージが一意に決まります。なので、通常はガラスのつるぎとかくばくだんのダメージは一定でした。いずれも設定上は 800 以上のダメージを与えることもあり得る武器ですが、実際は六百数十どまりだったと記憶しています。
ついでなので ESP についてもちょっとそれっぽく描写してみました。まあよくわからんのですけどね。初代のサイコブラストはクソ弱かったのですがここでは2のイメージでお願いします。そもそも初代ではランダムで能力が変化しちゃうのでエスパーの能力は殆どあてにできませんでしたし。神のところまで役に立つ能力を持って行けたためしがありません。
神相手で一番印象に残ってる戦いは、モンスター×4でやり合ってた時に、かなりの消耗戦になってもう保たないと思ったところで「くいあらためよ」を喰らって混乱したアスタロト(だったと思う)がとっくに使い切った筈のフレアを神に向かって放って、それが止めになって勝った、というのでした。混乱していると回数が0になっている能力でも暴発するのですよね。個人的には、こういうのにこそゲームの物語性みたいなものを感じます。ちなみにモンスター×4だと神に勝つだけならスーパースライム×4が簡単最強です。たぶん。