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トモエリージェントのこと

傍観罪で終身刑 -- 記録よりも記憶に残る逃げ馬、の記憶。
話題になってる馬に意外と短距離馬が多くて、ぼんやりとしか憶えていない馬が多かった。まあ距離関係なく忘れてるだけかなというのもあるけど、どうも短距離で行くだけの馬をそんなに好きにならなかったというのもあるのかも知れない。
話題に上っている馬では、トモエリージェントは好きだった。ゲートはそこまで早くないのだけど、二の足がもの凄く速かった。あと、そんなキャラなのに異常に重馬場が巧いとか、父がカジュンとか、主戦騎手が根本とか、印象に残る要素が多かった。確か CBC 賞に出たときカイバ喰わなくて惨敗して、輸送は駄目だみたいな話になってた筈なのに、最後香港行ってるのは今でも意味がわからない。
ダービー卿チャレンジトロフィー(当時は 1200m)を二連覇している。1年目は不良馬場で逃げ切り、2年目は良馬場で好位差し、と全く違う勝ち方だった。当時のダービー卿 CT は賞金別定*1だったのでいずれにしても三連覇は難しかったと思うが、香港を最後に休養に入って、登録すらなかったと記憶している。
今成績を見てみると、やはり生粋の逃げ馬という感じではない。おそらくハナを切った回数の方が少ないだろう。それでも要所要所で印象的な逃げを打っていて、それがこの馬のイメージを規定している感はあるように思う。

逃げ馬については、「他にどうしようもないから逃げ馬をやってる」みたいな感じが好きかな(そうするとやっぱりトモエリージェントはちょっと違うだろって話になってしまうけど)。惨敗が続くこともしばしばあるけど、それでも何戦かに一度の逃げ切れる機会を求めて逃げ続ける、てのはまあばくち打ちそのものだ。おれなんかはほんとにぬるくしか馬券を買ってなかったけど、だからこそそういう競走馬生に、共感というよりは憧れに近い感情を抱いていたのかも知れない。

近いうちにもうちょっと逃げ馬話書くかも知れません。

*1:賞金別定:記憶曖昧だが、G3 には珍しく「4歳 56kg、5歳上 57kg、4歳 3000 万/5歳 4000 万/6歳 5000 万超過馬は超過額 5000 万毎に 1kg 増」だったと思う。おれの中ではこの別定は「AJCC 別定」と呼ばれていた。