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帰ってきたセヴン・セグメンツ (1):「ノックオン」

少し前に「絶対安全放送局」の収録の話を書いたが、その時のテーマは「ゲーム」だった。事前にいくつかねたを仕込んだのだけど、その中に「ルール萌え」というカテゴリがあった。ゲームのルールで、これは見事だ、というものについて味わいつくそう、みたいな趣旨だった。ところが、どういうわけか僕は肝腎のゲームにおいては見事なルールを見つけられなくて、結局あるスポーツの話をすることになった。それはそれで面白い話にはなったのだけど、そのスポーツについてはもう少し語れることがありそうな気がした。折角自分のブログもあるわけだし、ここで続きを書いておこうと思う。そのスポーツというのは、ラグビーだ。
みなさん、ラグビーの最も代表的な反則って、なんだと思いますか。ぱっと思いつくものでいいので、ひとつ思い浮かべてほしい。
どうだろう。「ノックオン」か「スローフォワード」と思った人が多いんじゃないだろうか。前者はボールを前に落とす反則で、おそらく最も発生頻度の高い反則だ。後者は文字通り、ボールを前に投げる反則。
あるいは、ラグビーに詳しい人なら、「オフサイド」と答えるかも知れない。この反則は、シチュエイションによって細かく定められているが、ひとことで言えば「ボールより前方にいる選手が、プレイに参加しようとする反則」となる。
とりもなおさず、これはラグビーの根本原理でもある。ボールより前方にいる選手が、プレイに参加してはいけない。
もちろん、ラグビーというスポーツは、相手陣の一番深いところにボールをタッチダウンすることを得点の条件としている。なのに、ボールを前進させるためには基本的には持って走るしかない。その、ほとんど相反する目的と制限の組み合わせが、ラグビーの魅力だ。
スローフォワードは、だから反則なのだ。前方へのパスは、すなわちボールより前方の選手のプレイ参加を意味する。ノックオンもおなじ。ボールを前に落とすことと前に投げることは区別しがたい。というか、できない。
このふたつは軽い反則で、通常相手チームにはスクラムが与えられる。だが、故意(intentionally)に行った場合は別で、相手チームにペナルティキックが与えられる。それだけ本質的な違反だからだ。
ラグビー版のアイシールド 21 を作ることになったら、僕はたぶん主人公にこんなことを言わせるだろう。
ラグビーってルールが複雑ですよね。テレビで見てても、反則の種類がやたら多くて全然なにが起きてるかわからないし。ほら、ルールブックだってこんなに分厚いじゃないですか」
それに対して先輩はこう答える。
プロスト(仮名)君、きみは大きな勘違いをしてるよ。ラグビーってのは、あまたあるスポーツの中でむしろもっとも単純だと言ってもいい」
芝居がかった仕草で、先輩は片手の指を一本立てる。
ラグビーでは、やるべきことはたったひとつしかない。相手のゴールエリアにボールを手で置く。すべてのプレイはそれだけのためにある」
もう一方の手は三本指を立ててみせて、
「そして、やっちゃいけないことはみっつーーたったみっつあるだけなんだ。反則は確かに数多くあるけど、突き詰めればどの反則も、そのみっつのやっちゃいけないことを具体的な形に言い換えたに過ぎないんだよ。」
「みっつ?」
「そう。
 ひとつ、ボールより前にいるプレイヤーはプレイに絡んじゃいけない。
 ふたつ、地面に倒れているプレイヤーもやっぱりプレイに絡んじゃいけない。
 みっつ、ボールを持っていないプレイヤーを邪魔してはいけない。
 これだけなんだ。難しいことはひとつもない。僕に言わせれば、野球の方が百倍ややこしいスポーツだけど、それでもあれだけプレイヤーとファンがいる。ルールがややこしいことは、スポーツにとっては大した障害にならないんだ」
とかなんとか。
それで、収録の時はもともとラグビーから分かれて成立したアメリカンフットボールにも言及したのだけど、つい面白さを優先させてしまって「なのにアメリカ人ときたら前にボール投げ始めてまったくもう」みたいな話にしてしまった。これについては率直に反省している。
アメフトは、この3つの根本原理のうち1番目と3番目を完全に無視して、2番目をものすごく強化することで成立しているゲームだ。どうしてそうなったのかはわからないが、フォワードパスが認められていて、ボールを持っていない同士ががんがんぶつかりあっている。にもかかわらず、ボールを持ったプレイヤーが倒れたらその瞬間にゲームは中断する。それどころかボールを落とすだけでゲームが止まる。もっとも本質的なルールが書き換えられてしまってはいるが、しかし間違いなくラグビーを先祖に持っているということが、このことからもわかる。
というわけで、ラグビーのルール萌え、というお話でした。具体的な反則の記述から、その裏にある根本的なルールを考えてみると、スポーツをこんな風にとらえることができる……こともある。まあ、他の大抵のスポーツはもっとプリミティヴに成り立ってるような気もするけどね。