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『ミッキーマウスの憂鬱』 松岡圭祐 新潮文庫,2008 ISBN:9784101357515

以前職場の他部署のややえらい人からこの小説の話を聞いて、ちょっと面白そうと思いながら長く読まずにいたのだが、ブックオフでたまたま見かけたので買ってみた。東京ディズニーランド準社員として採用される青年が覗き見る夢と魔法の世界の裏側と、その中で起きる小さな事件の話。
結論から言うと小説としては駄目で、主人公がいくらなんでも盆暗すぎるし、序盤の展開は強引すぎるし、全体で3日間(実質2日間)で終わってしまう構成も意味が判らない。おれに言われたくないだろうけど、下手だ。結構キャリアのある作者のようだしそこそこ売れてもいるらしいのに、こんなものなのかと思わずにはおれない。
そして勿体ないな、とも同時に思う。この小説を面白そうだと思ったのはおれにテーマパーク勤務の経験があることと当然無関係ではなく、テーマパークがフィクションの題材として面白くなりそうだともかねてから思っていて実際に書いたことすらある*1からだ。これだけの取材に基づくねたがあるのなら絶対にもっと面白く出来るはずだ。たとえ同じストーリーでも、主人公をはじめとする登場人物の性格がもう少し感情移入しやすかったり、作中経過時間がもう少し長かったり、といったことが違っているだけでもっとずっと楽しめただろうということは想像がつく。いい題材と取材の成果が作品の面白さに結びついていない。なんとも残念なことであると思う。
小説の内容と関係ないところで面白かったのは、当のディズニーランド側の対応だ。間違いなく取材はされているだろうし、何のおうかがいもなく出版されたとも考えられないが、タイトルに「ミッキーマウス」の名が出ているのを筆頭に作中にも実在のアトラクション名やキャラクター名がばんばん出てくる一方で、権利関係の表記は巻末に付されたお約束の「この物語はフィクションです云々」しかない。まあ考えてみると協力したというクレジットが入っていれば「ここまでは公にしていい」と暗に認めたことになるし、作中の描写には事実の部分もあれば創作の部分もあるであろうことを考えるとますますややこしい。実際には綿密に詰めておいて形の上では黙認ということにする、というのが一番めんどくさくないのだろう。

*1:これ→http://d.hatena.ne.jp/natroun/20070221#p1。今読むとこれも下手ですなあ……。