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『盤上の夜』 宮内悠介 創元SF日本叢書,2012 ISBN-13: 978-4488018153

表題作で第1回創元 SF 短編賞最終候補となり、選考委員特別賞である山田正紀賞を受賞した作者の第一短編集。収録された6作品すべてが所謂非電源系ボードゲームを題材にしている。具体的には収録順に囲碁、チェッカー、麻雀、チャトランガ、将棋、囲碁、で最後の2作品は本書のための書き下ろし。
中でもやはり表題作「盤上の夜」が着想、展開ともに一歩抜けている。四肢を失った天才囲碁棋士が短い期間に日本囲碁界に踏み入り、頂点に立って、表舞台を去るまでの話。それだけ書くとキワモノのようだが設定にはそれなりに意味があり、日本と中国間の囲碁にかかわる因縁が物語にからむ。根幹にあるアイデアは設定によっていささかグロテスクに拡張されているが、あるいは棋士やそれを志す者にとっては身に憶えのある空想、あるいは感覚に近いものであるのかも知れないと思う。全体としては色々な要素を詰め込みすぎている印象は否めないが、その密度も魅力の高さとも言えるかも知れない。
エンターテインメント性が最も高いのが麻雀を題材にとった「清められた卓」。麻雀界の歴史から抹消されてしまったあるプロアマ混成の大会の決勝卓の様子を、語り手が各出場者に取材して明らかにしていくという体裁の話。予選で圧倒的な高得点を叩き出して決勝に勝ち上がった新興宗教の教祖の“ありえない”打ち筋の謎を解くことに主眼が置かれている。実質的な主人公である新沢という男がベタながら物語を上手く牽引しているし、闘牌シーンも小さな伏線をいくつか張って面白い出来になっている。6つの作品の中ではもっともゲームそのものの内容に踏み込んだ作品で、作者によると意図してやったそうなのだが、この作品だけは麻雀のルールを知らないとちょっと入り込みづらいかも知れない。
個人的に一番好きなのはチェッカーの王者を描いた「人間の王」。マリオン・ティンズリーという 40 年間実質的に無敗だったチェッカーのチャンピオンと、チェッカープログラム「シヌーク」の対決を軸に、究める対象としてのチェッカーの最期を描いている。そう、チェッカーは 2007 年に完全解が導かれてしまい、対局者が最善を尽くせば必ず引き分けになることが証明されてしまっているのだ。なにしろおれはチェッカーについて殆ど何も知らなかったので、ティンズリーのことも完全解が導かれていることも知らなかったのだが、この話で描かれているティンズリーの人物像は味があってよかったし、多くの対戦型ゲームに起こりうる未来として興味深くもあった。
書き下ろしの二作はどちらも少し書き急いでいるというか詰め込んでいる感じがあって、ちょっともったいないという印象を受けた。題材としてはもう少しふくらませようがありそうにも思う。ただ「原爆の局」のクライマックスのたたみかける短文はやられたと思った。あれはとても好きだ。
単純に面白いし、ゲーム(特に非電源系)が好きな人ならなお楽しめると思う短編集。今後の作品にも期待したい。