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『三文未来の家庭訪問』 庄司創 アフタヌーン KC, 2013  ISBN:9784063878783

先日(というのは 2/25 のことです、このエントリ何ヶ月かかってるんだ)アフタヌーンを珍しく発売日に買ってきて「そういや庄司創*1どうしてるんだろうね」と何気なく言ったところその号に新連載の告知が出ていてその偶然のタイミングのよさにちょっと嬉しくなる。新連載2本が木村紺庄司創というのはアフタヌーン読者的にはかなり豪華であると思う。
この単行本はデビュー作から3本を収録した短編集。


「辺獄にて」はタイミング的にはどう考えてもアフタヌーン買ってた時期の筈なのだがまるで読んだ記憶がなく、買いそびれた号か読み忘れたかどちらかだと思う。中学生の頃から施設で育ち、自分自身にうまく心を寄せることができない男がある日地下鉄の中で不慮の死を迎えるが、その死の直前に(自称)宇宙人が干渉してくる。いわく、脳の活動速度を10億倍に加速することで今からあなたは1000年間を体感する。これまでの行いに応じて、天国で、あるいは地獄で。宇宙人は生前自分がもっとも心を許した相手の形をとっている、というのだが、それによると男がもっとも心を許していたのは職場のアルバイトの日滝だった。男は困惑しながらも案内されるままに天国と地獄を見て回り、自らの過去の行いを思い起こし、ようやく自分の心と向き合っていく。なんというか妙な話で、しかし設定も含めて心に引っかかる話だった。


「パンサラッサ連れゆく」は古生代の海生水底生物の擬人化ものという前人未踏(たぶん)のジャンルに作者が果敢に挑んだ意欲作。不可知論者の主人公が、思いがけず理不尽な悲しみに直面し、別種の生物の宗教家に相談しに行く。科白が多くて理屈っぽいのはいかにも作者の作風で、交わされるやりとりも面白いのだけど、古生代を舞台に設定した意味が最後までわからなかった。もちろん「彼らもまた種として生き残れなかった」ということは現代の読者にとっては既知の事実なのだけど、それを最後の方にモノローグで書いてしまっていて、じゃあこの設定じゃなくてもよかったのではと思ってしまった。や、水底生物かわいいのでこの設定でも全然いいんだけど。


表題作「三文未来の家庭訪問」は遺伝子操作がそれほど珍しくなくなった程度の未来で、「産める男」としてデザインされた主人公の少年と、“正しさ”を規範とするカルトコミュニティの両親のもとに生まれた少女の交流を描く。
少年は持ち前の明るさと物怖じしない心で少女とその母親の心を開かせるが、理想都市を築き上げて移住することを目標に掲げていたカルトコミュニティが経済的な破綻を迎え……という話。見るからに危うい家庭環境を持つ少女と楽観的ながらそのゆえにますます浮いてしまう少年とがどこまでかみ合うものか、とは思えるが読後は案外上手くいくものかも知れないとも感じて、そこはよかった。
子供たちの進路を見守る指導員の名前がはてな村の村長に由来しているというのははてなユーザーなら押さえておきたいところ(うそ)。構成上は狂言回し的な役割だが、作中では語られていない設定も多そうで、この人の視点の話ももう少し見てみたたい。


というわけで3本とも面白かった。冒頭で言及した新連載、すなわち今アフタヌーンで連載中の『白馬のお嫁さん』は「三文未来の家庭訪問」と設定を共有している(一部か全部かは不明)作品で、これも面白くなりそうな気配が漂っている。今後の活躍を期待したい。


というか、『勇者ヴォグ・ランバ』を買わなければ。