黄昏通信社跡地処分推進室

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捏造という言葉があって、意味としては「でっちあげる」なんだけど、「捏ねて造る」なのはちょっと面白いと思う。こねるにしても実際に造るわけだし実体もあるものができるのだから、でっちあげるのとは少し違うことのような気がするのだが、しかしなにもないところから造ることはやはり他の造り方とは違ったのかも知れない。立体物を造るとき、彫るにしても、編むにしても、組み上げるにしても、素材のもともとの形があってそれをいろいろなやり方で変えていく。そういう造形と、可塑性がある素材をこねあげるのとでは自由度に差があるだろう。それにしても捏造という言葉に関して言えばこねる方が下みたいになってて、それはどうも腑に落ちない。



バイク置き場を設置してもらったのを見に行く機会があって、まあ白い線が引いてあるだけなんだけど、ものの見事にだめ出しされていた。アスファルトだったからだ。「これ夏になったらスタンドめり込んでバイク倒れますよ」 全然知らなかった。「今やり直すか、バイク壊れてから弁償するか」 結局コンクリートで打ち直していた。しかし、知らなかったなんてことがあり得るだろうか? 到底ありそうにないことに思える。いいですよこれでと言われたらそのままにしようと思っていたのだろうか。それもありそうにないことには思える。すこしだけもやもやとした感覚が残っている。



メモに「オタクになってしまった友達が僕に言う」とだけ書かれている。ちがうね。逆だ。
オタクじゃなくなってしまった友達が僕に言う。あの楽しそうなディズニーランドへ一緒に行こうよって。でも僕は行く気がしない、なぜならディズニーランドにはもうゲームセンターがないからだ。
そうだろ?