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『モダニズム建築の軌跡』 内井昭蔵編 INAX 出版,2000



モダニズム建築の軌跡』 ISBN:9784872750966


ちょっと前までトイレ文庫になっていたこの本。近所の図書館で出されていたリユース資料をもらってきたものだが、なかなか楽しかったので感想など書いておく。


おれは建築に関する知識は殆ど持ってなくて、勉強したことも習ったこともない。それでも優れた建物とか面白い建物には惹かれるし、どういうわけでああなったのか、みたいなことは思ったりする。たとえばこの本に載っている建物でいうと、やっぱりなんといっても中銀カプセルタワーだ。あの建物の「来なかった未来」感はほんとうに素晴らしくて、自分たちの進まなかった平行世界、なんてことまで考えてしまう。


この本がなんであるか一言であらわせば「モダニズム建築の担い手を紹介する本」である。登場するのは全部で 15 人、それぞれの建築家に対して、作品を紹介しながら論考を加える短い評文が一本と、内井昭雄のインタビューが一本ずつ掲載される、という構成になっている。想定される読者の知識水準は「素人よりは多少上」ぐらいと思われ、インタビューも聞き手も建築家であることから、おれのような者が読んでいると正直ついていけない部分があるのは否めない。


おれでも理解できて印象深かったところでは大高正人による坂出人工土地の話で、土地自体は「空から日本を見てみよう」で見たことあって知ってたのだが、市の中心部近くにある狭小住宅密集地域を区画整理するにあたって「一階は公共施設、その屋上部分に住宅地を作る」ことによって余剰を発生させるスキームだった、というのは知らなかった。応用が利きそうな手法のように思うが制度化はされなかったらしく、類例を聞かないということは実際にはいろいろ難しいこともあったのだろう。しかし人工土地というネーミングも含めてなんとなくわくわくするところがある。


あとちょっと違う意味で面白かったのは黒川紀章で、インタビューの中で中銀カプセルタワーについて「まあもちろん今だったら 90 年代仕様のカプセルに取り替えてもいいわけですよ」みたいなこと言ってるんだけど、えー黒川先生それ本気で言ってるんですかー、とは思わざるをえなかった。だってインタビューは 1999 年だけど、さすがにその時点では交換のギミックが失敗に終わったことははっきりしてたと思うんだよね。
ただ、それとは別に「おれはステンレス製のカプセルを3つ買ってぶち抜いて住むぜ」なんてのもありだと思ってたけど誰もやらなかった、とも言ってて、そっちはむしろちょっと面白いなと思った。まあメタボリズムの方向性とはだいぶ離れてると思うけど。


あとは、インタビューの中で当然ながら 50〜60 年代当時の話が語られるんだけど、それを読んでると戦後まだそれほど歳月が経ってない中で、鉄筋コンクリートの建物をどんどん建てるようになっていって、という事情の下で若い人にもそれなりに大きな仕事がばんばん回ってくるみたいな状況だったらしいことがうっすら伝わってくる。経済も社会も右肩上がりで、多分この頃建築界めちゃくちゃエキサイティングだっただろうなーみたいなことは思った。その頃を超えるような状況が来ることはおそらく二度とないのだろう。


紹介されている建築家の中では芦原義信という人が印象に残った。駒沢オリンピック公園をデザインした人だ。あのジェンガみたいな給水塔は触りたくなるというか上ってみたくなるというか、そういう感じがあって実にいい。あの公園はほんとにだだっぴろいのだけど、あれは意識してやったそうで、というのも日本の公園には必ず木があってああいう風に広くならないから、と。あんな郊外じゃなくてもっと都心でできたらもっとよかったのに、みたいなことも言ってて笑ってしまったが、まあ世田谷区いなかっちゃあいなかだよね、確かに。


初出を見るとすべての章が「INAX REPORT 第何号」となっていて、INAX が出してる建築専門誌らしいのだけど、つまり企業広報誌みたいなものなのかな。企業の文化活動としてはなかなかよきものであるなと感じた。