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『Gene Mapper -full build-』 藤井太洋 ハヤカワ文庫JA,2013



Gene Mapper -full build-』 ISBN:9784150311070


著者のデビュー作。この作品の前身にあたる「Gene Mapper」を電子出版し、いきなりそれが大きな評判を集めてついには書籍になり、作家としてデビューすることになった、という著者の経歴はあまりにも有名であるしいささか今更でもあるが、本作を実際に読んでみて唸らされた。電子書籍版からはかなり改稿されているということだが、しかしいきなりこんなもの書けちゃうのか。


舞台は近未来――というよりはもう少し未来の、遺伝子操作が当たり前のように実現されている世界。それも既存の作物の遺伝子を組み替えるなんてもんじゃなく、フルスクラッチで組み上げることすら可能になっている。主人公林田はその世界で作物の遺伝子をコーディングし、畑に特定の模様や文字を描かせる技術を持つ「ジーンマッパー」。ある日林田の手がけた作物が、畑で予期せぬ、望ましくない形質変化を発現させているのが判明するところから物語は始まる。


ストーリーも中々に面白いが、それよりも個人的にはあちこちにちりばめられたけれんがとても好きだ。仮想空間の店舗の描写とか、軍で開発された強化服が知覚のみならず感情にまで余計な介入してくるとか、わくわくするしにやにやさせられる。必ずしも本筋と密接に関わっては来ないが魅力的なガジェットは SF の伝統で、その辺りも自覚的に書いているのだろう。


ユニークな設定は「インターネット」が一旦滅びたことになっていること。じゅうぶんな複雑さを持ったネットワークはみずから人間を「締め出して」しまい、人間は一度はネットワーク環境をすべて失っている。代わりに整備されたのが国家によって厳重に管理されている「トゥルーネット」なのだが、物語の展開からしても作者がどちらを本来望ましい姿と考えているかははっきりしている。


来るかも知れない未来、起こるかも知れない危機にそれぞれ説得力があって、それに対して主人公が最後に下す決断が、明快で気持ちよかった。





どうでもいいんだけど読んだとき主人公を女性だと思っていて、ずーっと読み進んでいったら三分の二ぐらい過ぎたあたりで普通に「この男」みたいな科白が出てきてあれ?ってなった。でもこれ見たら一応わざとやってたみたい。意図通りそう思った奴もいるということで。→http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/125/125026/