黄昏通信社跡地処分推進室

黄昏通信社の跡地処分を推進しています

『失われた過去と未来の犯罪』 小林泰三著  KADOKAWA/角川書店,2016

失われた過去と未来の犯罪

失われた過去と未来の犯罪

ある日突然、全人類が前向性健忘症になってしまった。おおむね 10 分以上の記憶を保持することができないというあれだ。さあどうする。というのがこの物語の第一部のテーマ。主人公である高校生の女の子結城梨乃と、原発で働く技術者であるその父親が中心に描かれるのだけど、このパートは中々よかった。梨乃はきわめて利発で、自分が置かれた状況を見抜いてそれに対処する方法を考えだす。対処の方法が現代的で、なるほどいかにもこういうことはできそうと思えるのがよい。一方原発では事態はもっとはるかに深刻で、父親たちは必死でそれに立ち向かうことになる。ここで原発というのがいかにも当代の日本という気もするけど、まあ現実問題としてこのような事態に陥ったときに破滅的な被害をもたらしうる施設/組織である程度リアリティを持って描けるもの、というと原発は有力な選択肢になるのだろう。


第二部はその健忘が所与のものとなった世界が舞台となる。人類は長期記憶を外付けのメモリに頼るようになった。そのような世界で起きるかも知れない話を、連作短編の形式で描く。こちらはちょっと強引な設定もあるのだけど(メモリの抜き挿しまわりについてはもう少しもっともらしい説明が欲しかった気がする)、面白い話もいくつかあった。短期記憶と長期記憶の関係、記憶と人格の関係、というのはまだまだわからないことばかりなので、その辺りで大胆に空想の翼をはばたかせる、というのは好もしく思えた。


ところで「全人類の記憶が」というシチュエイションは何かで見たことあるなと思ったら菊池秀行の『風の名はアムネジア』だった。こっちは記憶喪失なのだが、大胆な設定で中々面白かったと記憶している。このブログでも感想を書いた気でいたが今検索したら見つからなかった。もしかすると cgiboy の頃書いたのかも知れない。