黄昏通信社跡地処分推進室

黄昏通信社の跡地処分を推進しています

『右脳と左脳を見つけた男 認知神経科学の父、脳と人生を語る』 マイケル・S・ガザニガ著/小野木明恵訳 青土社,2016

右脳と左脳を見つけた男 - 認知神経科学の父、脳と人生を語る -

右脳と左脳を見つけた男 - 認知神経科学の父、脳と人生を語る -

んー。これは期待はずれというか、おれが間違った方に期待してしまっていた。認知神経科学の泰斗(知らなかったけど……)が、自らの研究人生を振り返った著述。
書名には右脳と左脳を見つけた男、とあるが、著者は分離脳の研究で多大な業績を残した人だ。分離脳というのは外傷や手術の結果脳の左右半球の神経接続を大きく、あるいは全く失ってしまった脳のことで、分離脳患者でも日常生活を送ったり受け答えをしたりすることはできるが、ある種のテストに関しては健常者と顕著に異なる反応を示す。その反応を研究することで、人間の脳の働きについて、分離脳についてのみならず一般に敷衍できることも含めて、実に多くのことがわかった。


たとえば、言葉についてはもっぱら左脳が優位であるということがわかっている。右脳は抽象的な概念は把握できるが、それを言葉にすることはできない。すると、分離脳患者は左眼(右脳につながっている)で見たものの名前を口にすることができないが、左手でそれと同じ名前のものを選んでつかみ取ることはできる、というようなことが起きる。
あるいは、左眼にだけ事故の映像を見せ、右眼には知人の写真を見せる。そして知人について語らせると、左脳はなにかしらネガティヴなことを話すが、ネガティヴな理由には合理性がなく、しばしばありもしなかったその知人のエピソードを語り出す。右脳の感じているネガティヴな印象だけを脳は意識していて、その印象を知人になすりつけるような作話をするのだ。これ自体は分離脳特有の現象ではあるけれど、近年の研究によると、どうやらこれは意識というものの本質に非常に近いらしい。


……みたいな話はけっこう面白くて、そういう話をこそ期待して読んだんだけど、それは多く見積もってもたぶん全体の三分の一ぐらい。あとは出会ってきた研究者とか分離脳患者とか、研究環境に関する苦労とか四方山話とか、そんな感じのもので占められている。それで、エピソードを読むだけで半笑いしながらどん引き、というほどぶっ飛んでもいないし、ファインマンみたいに誰が読んでもクスリと来るような質の高いエッセイ、というわけでもない。


そんなわけで、読んでるときの平均的な心境としては「いやおれガザニガさんのことそこまで好きってわけじゃないんだよなあ……」だったので、冒頭にも書いた通り求めるものを間違えてしまった。まあ、一般向けの解説書よりも読みやすいことは読みやすいと思うので、ガザニガさんに興味がある人とか、この分野の研究ってどんな感じなのかさらっと知りたい人とかにはおすすめしてもいいかもしれない。