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『アド・バード』 椎名誠著 集英社文庫,1997/3

アド・バード (集英社文庫)

アド・バード (集英社文庫)

椎名誠、どうも気にはなるんだけど、好きになりきれないところがあって、文体もそうだし、ネーミングセンスもそうだし、若い頃ワルやってた語りみたいなことするところもそうだし、こう書くと嫌いみたいだが、でも『哀愁の町に霧が降るのだ』はかなり面白いと思う*1。まあ逆にそれぐらいしかちゃんと読んだことなかったので、というのは別に理由ではなくただどこかで誰かが面白いと書いていたのをどこかで見たので読んでみた。おれの本を読む動機はだいたいそのようなものである。(なんなんだこの段落)


「椎名 SF 三部作」の一作とも位置づけられるこの作品だがどうも人類は三部作が好きすぎるきらいがあって、近い時期に長編を三部書くとだいたい三部作ということにされてしまうと思う。世界や登場人物が共通してたらそれでもいいけど別にそんなことなくても三部作になってしまうのはなんなのだろう*2。トリロジー・シンドローム。そういえば『ハイ-ライズ』も「テクノロジー三部作」の三作目ということになっていたはずだ。テクノロジーて。ちなみに椎名 SF 三部作のあとの二作は『水域』『武装島田倉庫』だそうだ。どちらも中々にぐっとくる題名で、椎名誠はどうもそういうところが厄介だ。


閑話休題、『アド・バード』。設定的には近未来よりはかなり先、アンドロイドや人工知能、サイボーグ、遺伝子組み換え生物などが軽々と実現して世にあふれ、さらにそれを支える文明自体は崩壊しつつある未来の日本のどこかとおぼしき国を舞台にしている。主人公安東マサルとその弟菊丸は、行方不明になっていた父が生きているらしいという情報を得て、マザーK市へ向けて旅立つ。
世界の構築と描写ははっきりいってすごい。冒頭の刀の鞘に使える木材を探す場面は息苦しさと緊張感に満ちていて、それでいてちょっとシニカルな笑いもまぶされている。道路を挟んで聳え立つ巨木たちがそれぞれの勢力を動員して戦う場面もよく描けていて印象に残った。百貨店の接客アンドロイドの回想シーンも切ない。マサルたちは異形の生物と戦いながら、けったいな道連れと一緒に旅をしたり、思わぬ助けを得たりしながら父親のいるマザーK市へ近づいてゆく。


というあたりまではいいのだけど、残念ながら後半に行くにつれてどんどんぐだぐだになってしまう。いかにも行き当たりばったりに書いていたような印象は拭えない。行き当たりばったり自体は雑誌連載のいいところでもあるとも思うのだが、物語が破綻してしまうのはつらい。特にとうとう父親と対峙せずに終わる(父親自身は途中でちらっとだけ登場する)のはある種の怠慢ではないかな。
というわけで魅力はあったけど読後感としては「うーん」という感じ。連載を綺麗にたたむのは難しい。三部作の他の二作を読もうという気には、今のところなれない。

*1:この人の「のだ」の使い方が基本的に嫌いなのだが、このタイトルは何故か許せる気がする。

*2:自分がリアルタイムで触れた中でトリロジー呼ばわりされてたのはウィリアム・ギブスンの『ディファレンス・エンジン』『ヴァーチャル・ライト』『あいどる』で、なんだそりゃと思った。ちなみにのちに『フューチャーマチック』が書かれると『ヴァーチャル・ライト』『あいどる』『フューチャーマチック』で三部作という扱いになった。後者はそれなりに筋が通っているのだが、それはそれとしてリアルタイムに三部作が組み換えられる様を見て「ぜってえ言ってみてるだけだな……」と強く思った。