- 作者: デイヴィッドエプスタイン,福典之,川又政治
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/09/25
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (5件) を見る
生まれつきの素質か、練習で培われた能力か。ある意味究極であるこの問いは、スポーツと向き合う上で避けては通れない命題といえる。しかし同時に明快な答えを出しにくい問いでもある。なぜなら、科学的な手法で検討しようにも他の要素を排除するすべがないし、心情的にも答えを出してしまっていい問いなのか定かでないと思えるところもあるからだ。
にもかかわらずこの本が面白いのは、「特定の競技にとって何が重要な特性なのか」ということが突き詰められ、網羅されているからだ。たとえばバスケットボールの選手に一番重要な特性はなにか。背の高さ? その通り。背丈は決定的な要素になる。でも同じぐらい重要な要素がある。腕の長さだ。両手を目いっぱい広げた長さが同じぐらい長ければ、身長は多少劣っても問題ない。
では野球のバッティングで重要な要素はなんだろうか。反応速度? ちがう。反応速度は――あまり遅ければだめだが――決定的な要素ではない。実は視力だ。メジャーリーグの強打者には視力が高い者がずば抜けて多いのだという。現実問題として、ピッチャーの投げる球に反応して振っても到底間に合わない。実際には、打者は投げるモーションのわずかな違いを見分けてバットの軌道を修正している。視覚情報が正確であることは極めて重要だ。
素質か練習か、という話も面白かった。走り高跳びのステファン・ホルムとドナルド・トーマスが取りあげられているのだけど、ホルムは小さな身体を人一倍の練習で鍛え上げて五輪の金メダリストにまで上りつめた選手で、一方トーマスは大学生まで陸上をやったことがなかったのに友人にそそのかされて適当なスニーカーを履いて跳んでみたらいきなり 2m 弱のバーをクリアしてしまったという型破りな選手だ。トーマスはそこから競技歴わずか一年半でホルムを破って世界チャンピオンになってしまう。*1
生まれ持った素質がものを言わないことなんてあり得ない。それはその通りだ。でも他方で練習でしか作り上げられないものもまたある。トーマスはその後原書が書かれるまでに6年競技を続けているが、記録を1センチも伸ばせていないという。
そして、地域的な遺伝要素。マラソンやトラックの長距離種目を見ていて、アフリカ勢強いなあと思うことは多いのではないだろうか。しかし実際に強いひとはケニアとエチオピアに圧倒的に偏っている。それも、ケニアで言えば東のほう、エチオピアで言えば南のほう、山を挟んだ反対側に位置する地域のひとたちで、要するに同じ部族の人たちなのだという。このあたりは標高が 2500m 前後あり、言ってみれば生まれたときから高地トレーニングをしているような環境にある。でも、高いところに住んでる人って世界中にけっこうたくさんいる。そういう人たちはどうしてマラソン強くないんだろう。ネパールの人がマラソンで活躍しているのを見た記憶がない。ここの説明は本書にゆずるが、この辺の話も実に面白かった。
ジャマイカの話も面白かった。ジャマイカといえば短距離走だが、有名選手の何人かはジャマイカの中でも特定の地域の出身で、とまた似たような話があるらしい。その地域の住民の祖先は源流をたどるとアフリカの各地から連れてこられたもっとも勇敢で強い奴隷の精鋭たちで、脱走した精鋭たちが作り上げたコミュニティが出自なのだという。つまり人為的に選別が行われた、と言えるかも知れないコミュニティだ。これは……! となるわけだけど、まあネタばらしはしないでおこう。指摘として面白かったのは、「もしウサイン・ボルトがアメリカ合衆国に生まれていたら、きっと NFL でランディ・モスやカルヴィン・ジョンソンのようなワイドレシーバーになっていただろう」というくだりで、これは確かに大いにありそうだなーと思った。
まあそんなこんな、様々なスポーツの様々な事例が収められていてとても面白い本だった。タイトルの問いには答えは出ないのだが、まだそもそもヒトの遺伝子と形質が全然結びついてないわけなので、そりゃ答え出ないよというところではある。それでも例えば怪我や痛みに(ごく限られたレベルで)関係のある遺伝子がピンポイントで見つかったりもしているみたいなので、将来どうなるかは全くわからない。そのあたりもなかなかにわくわくする。
余談。
- アメリカ人がスポーツのこと書いてるのでアメリカンフットボールの話がしょっちゅう出てくる。最低限の説明はされるが、ある程度のことはもう知ってるでしょぐらいの勢いで書かれてるので知らないとちょっとだけ戸惑うかも知れない。
*1:余談だが、このふたりのエピソードは以前 NHK の『ミラクルボディー』という番組で見たことがあった。めずらしくこの日記で感想を書いている。→踏み切って ジャンプ! それぐらいできがよかった。本書でもこの番組に言及していて、やはりいい番組だと評価していた。