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『霧に橋を架ける』 キジ・ジョンスン著/三角和代訳 東京創元社,2014-05

霧に橋を架ける (創元海外SF叢書)

霧に橋を架ける (創元海外SF叢書)

短編集。設定はさまざまで、SF と呼べるもの、はっきりファンタジイというべきもの、特に非現実要素のないもの、SF ともファンタジイとも呼べそうなもの、といろいろあるが、どこか割り切れる理路を排除するような雰囲気が比較的共通していて、それこそが作者の作風なのかもしれない。


表題作が圧巻で、タイトルの通り巨大な霧の川に橋をかけようとする男の物語。この世界では大地と大地を霧の川がわかたっていて、なかでも国を二分するその大きな川に橋をかけるべく土木技師の主人公は派遣されてきた。
霧の正体はよくわかっていないが、適切に造られた〈船〉があれば、その上にどうにか浮かぶことができる。しかし霧はしばしば荒れて人の往来を拒み、霧の中には「魚」をはじめとする得体の知れないものが棲んでいる。〈船〉を操って霧を渡ることができるのは渡し守たちだけで、それでも大きな危険が伴う。渡し守の一族は代々渡し守をつとめるが、多くは霧の中で命を落とす。
主人公は職業柄、ひとつの仕事の間はその地にとどまる。数ヶ月からことによると数年におよぶ。しかしそれが終わればまた離れて別の土地に行く。地元の人と馴染むことにはそれなりに長けている。だが真に心を通わせることはない。
それが、渡し守のラサリと会い、仕事の都合で何度か霧の川を渡してもらううちに変化が始まる。


橋の建設が進む過程が丁寧に描かれているのがなかなかよくて、この世界に現実と地続きの感覚を与えている。最初はなにもなかったところに基礎を作り、塔を建て、資材を集める。一方で、最初は金属を使う予定だった部分に〈魚〉の皮で作ったロープを使うことにするという描写もいい。
そして霧を渡る場面。何度か登場して、どれもそれぞれにいいのだが、なんといっても中盤のクライマックスで描かれるシーンがいい。霧の得体の知れなさ、恐ろしさが存分にあらわされ、その恐怖がその世界に存在し得ない自分にまで伝わってくる描写は素晴らしい。
最後もいくばくかの不穏さを残しつつもさっぱりした終わり方で、なかなかよかった。ヒューゴー賞ネビュラ賞の二冠という最近あまり聞かなくなってしまった受賞歴だけど、なるほどさもありなんという力のある作品だった。


あとは冒頭に収録されている謎めいたサーカスの猿たちの物語「26 モンキーズ」がよかった。説明は一切されないのだけど、にもかかわらずこういうものはあろうかとも思うし、短いながら螺旋の一周分をちょうど見せるようになっている構成といい、よくできているし切ない感じがあってよかった。
ただ、それ以外の作品は正直そんなにぴんと来ないのも多くて、本全体の評価となると悩むところ。この人の本はもう一冊ぐらい読んでみてもいいかなという気はしている。