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『白と黒のとびら: オートマトンと形式言語をめぐる冒険』 川添愛著 東京大学出版会,2013-04

オートマトン形式言語の解説書とファンタジー小説マッシュアップ。まあ、小説といってもライトノベルっぽいけれど、ライトノベルというカテゴライズはそれだけで戦争を起こしかねないので明言は避ける。あなたがライトノベルだと思うものがライトノベルです*1


ではオートマトンってなんだろう。ある連続した入力に対して特定の規則に応じた〈状態〉をとり、最終的に一連の出力を返す装置、というのが大まかな定義であろうか。本書ではその装置は〈遺跡〉として登場する。遺跡は入口と出口とひとつ以上の部屋を持ち、各部屋は白と黒の扉をひとつずつ、部屋によっては出口を持っている。白と黒の扉はそれぞれ特定の部屋につながっている――つまり、ある部屋から白の扉を選んだとき、必ず行き先は同じということだ。
形式言語」は、本書に登場するものとしては、二種類の「文字」○と●の組み合わせで表された文字の列で、特定のルールにしたがって書かれているものを指す。たとえば「前から読んでも後ろから読んでも同じ」とか、「必ず最後が●○で終わる」とかいう具合だ。本書の中ではそれぞれに「第88古代ルル語」のように名前がつけられている。


主人公ガレットはひょんなことから魔術師アルドゥインに弟子入りすることになり、「遺跡」の探索と「古代言語」の研究を始める。おおよそお気づきだろうが、遺跡と言語には密接な関係がある。つまり、適切な配置と扉のつながりを持った遺跡を作ると、その遺跡に入って脱出するまでに選んだ白と黒の扉を順番通り○と●で記述すれば、その記述が特定の古代言語になる、というような遺跡を作れる。
……てな話が延々と出てくるわけだが、なかなかに雲をつかむような話ではある。それぞれの言語は結局なんなのか? それは何の役に立ちうるのか? 装置ってなんなんだ? そういうことには、ほとんど解が示されない。おそらく解説書のつもりで読むともどかしすぎるのではないか。そして小説のつもりで読むと、今度はわけのわからない記述が多すぎる。
なのにこれが結構ちゃんとおもしろいのだ。主人公はツンデレ厳しい師匠の下で着実に力をつけていき、時々は危ない目に遭い、時々は活躍する。魅力的なわき役が登場して物語を脇から支える。どうやら装置や言語と関係あるらしい「魔法」が登場する。世界の秘密や神話めいたエピソードが少しずつ語られる。しかし本書では多くのことが語られないまま、さまざまな設定の存在をにおわせるだけにとどまっている。もったいぶってもしょうがないので書いてしまうと、続編の『精霊の箱』では本書で隠されていた設定も大いに明かされ、より世界の有りようが見えてくる。その辺りもとても面白い。


最後はちょっと毛色の変わった「装置」が登場し、ガレットはとりあえずひと区切りのところまで社会的立場も変わり、上に書いたように次の物語への準備が整う。
この本が本当にライトノベルのレーベルから出て中高生が読んだりしてたら面白いと思うのだけど(そして若い人の方が圧倒的にこの本の内容は飲み込みやすいと思う)、残念ながらそのような状況はまだ人類には早すぎて、本書は東京大学出版会という堅い本ばかり出してそうな出版社から出ている。ソフトカバーとはいえ値段もそれなりで、ちょっと高校生が買うには辛いかもしれない。でも、オートマトンとかチューリングマシンとかいう言葉に興味がある人なら読んでみるといいと思う。

*1:2ちゃんねるライトノベル板のトップページにでかでかと書かれている「ライトノベルの定義」。ライトノベルの定義論は絶対に不毛な議論にしかならないのでこの板では禁止、という趣旨の文章と共に掲げられている。