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『神の水』 パオロ・バチガルピ著/中原尚哉訳 早川書房(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ),2015-10

バチガルピ得意の――というか日本語訳されてる作品はほとんどそうだと言ってもいいかもしれないけど――近未来ディストピアもの。本作の舞台はアリゾナ州フェニックス。近未来、アメリカ合衆国南西部では乾燥化が進み、人々は満足な生活用水を手に入れることも難しくなっていた。水を争って州同士が時には攻撃ヘリまで用いた小競り合いを起こし、逃げ出せる人は町を逃げ出そうとし、しかし州境の川の対岸では不法越境者を阻止すべく民兵が防衛線を張っている。唯一の生命線であるコロラド川では水利権を争って企業や州の手先となって働く水工作員(ウォーターナイフ;原著のタイトルは Waterknife)が暗躍し、町の治安は悪くなるばかり。灼熱の太陽と吹きつける砂嵐の中でひからびそうになっている市民を尻目に、富裕層の人間は中国資本の経営する「タイヤンアーコロジー」に自分の区画を持ち、涼しい風のもとでじゃぶじゃぶ水を使って暮らしている。コロラド川とその下流域の枯渇、というのは作者の短編「タマリスク・ハンター」(『第六ポンプ』収録)と共通の設定だが、より尖鋭化された形になっている。


主人公は三人。ひとりは水利事業でのしあがった女傑キャサリン・ケースのもとで働く水工作員アンヘル。ひとりはフェニックスに住み町が滅んでいく姿を当事者として記録しようとするフリージャーナリスト、ルーシー。もうひとりは身寄りをなくし、アーコロジー建設現場の労働者に水を売ることで辛うじて生計を立てる少女マリア。章ごとに視点が変わり、全く立場の違う三人それぞれの目から見た世界が描かれることで、フェニックスという町が陰影たっぷりに浮かび上がる。苛酷な環境とそのゆえに広がる格差は今の社会にもすでに存在しているいびつさを拡大したもので、このあたりの「うわーやだなーこの世界、でもありそー、うえー」感は作者の真骨頂と言えよう。『ねじまき少女』でも『シップブレイカー』でもそういうところはほんとにうまいんだよね。三作とも根っこにあるのは太陽光による暑さなので、そこに問題意識があるんだろうことは間違いないんだけど、肌感覚としてそういう土地に住む感じを知っているんじゃないだろうか。
※と思って調べてみたら普通にコロラド州生まれらしいです。まあ育ちはわからんけども……。


最初は全く接点のない三人が、ある人物の死をきっかけに渦に吸い込まれるように水利権争いに巻き込まれていくのは面白いし好きな構成なんだけど、物語の展開は結構苦しい。意外な事実がつぎつぎに明らかになって……みたいなお話は期待しない方がよい。一方で暴力の気配(と暴力そのもの)に満ちているフェニックスの息苦しいような緊張感はとてもよくて、こうでなければ本作全体の説得力が落ちてしまっただろうと思う。後半は半分その緊張感でもたせてるみたいなところもあって、それはそれでちょっときついなとも感じるけど。物語の難は『ねじまき少女』にも共通していて、この辺りも作風ではあるのかもしれない。


ともあれおれが個人的にバチガルピに求めるのは「地続きのディストピア」の描写なので(それも我ながらどうかと思うが)、その意味では満点に近かった。SF の面白みのひとつが「現実と近過去からの外挿による未来予想」であるとすれば、それをネガティヴな方向に適用するのももちろんサイエンス・フィクションであるわけだし、著者は大変それが巧い作家だと思う。また「うえー」となる未来を書いて欲しい。