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『この世界の片隅に』 片渕須直監督 東京テアトル,2016

12/7 に観たのでもう二ヶ月近くたってしまった。これはよかった!
今更あらためて説明するのもなんだけど、太平洋戦争末期の呉に広島から嫁いだ主人公すずの暮らす日々を描いたアニメーション。原作はこうの史代による全三巻の漫画で、かなり忠実に映像化されている。おれは映画を観てから原作を読んだ。映画も原作も素晴らしくよく調べられてつくられていて、そうすることでしか立ち上がらない世界を描けている。というのはたぶん多くの人が感じたところではあろう。


すずが本当に魅力的で、なるほど、戦時中もこういう人も居たであろうし、こういう人なりに日々を送っていたのだろうけど、それをヒロイックにならず、ぼんやりさせすぎず、こんなにチャーミングに描けているのがすごい。のんの声もよく合っていて、特に怒る演技は素晴らしかった。「すいません、すいません」のところとか。
絵の質もすごくて、スクリーンでこの映画を観たあと妻とお昼を食べにいって感想を言い合ったんだけど、その時に「すずさんかわいかったしエロかったよね」という感想はわりと真先に一致して。原作にしても映画にしても扇情的な絵柄とはほど遠いわけだけど、それでも随所で腕の線とかがほとんどなまめかしいと感じるほどに美しかった(※個人の感想です)。それだけクオリティコントロールが全編に行き渡っていたということでもあると思う。
空襲の際の対空砲火で着色火薬?が使われていて色とりどりの煙が立つシーン、すずが水彩絵の具でその煙を描く空想をして、それが現実の場面に短くカットインする。これは誰かが書いていたことの受け売りだけど、確かにそれは綺麗だったのだろうと思うし、絵を描く人はそれを描いてみたいと思ったかもしれない。ほんの短いカットインの中に、すずというひとが切り取られている。それは空襲の場面にそぐわないかもしれないけれど、でも説得力がある切り取り方になっている。


というかんじで、精緻に造られた世界の中で魅力的な人物が生きていた映画でした。


だからこそ、その世界で起きることに、ほんとうに衝撃を受ける。防空壕に入っているときに爆撃の轟音が響く瞬間。低空を飛んできた戦闘機の機銃掃射。屋根を破って落ちてくる焼夷弾。そういうものがそのうちにだんだん当たり前に近くなっていった世界がスクリーンの中にある。
だからこそ、あの時代と場所に対して、観ている側が持つ知識とか感情とかが、おのずと引き出される。港に入る大和の姿を見て、二千人から乗っているという科白があって、おれは反射的に「この人たちは遠くないうちにほとんど全員死ぬんだ」と思う。お祭りの日付を聞いて血の気が引く。玉音放送を聴いてほっとしたような気になる(けど作中の登場人物の受け止め方はちがう)。
主人公の周りにも、悲劇がいくつも起きる。すずを襲う悲しみや後悔が、感情移入とはまたちょっと違うレイヤであるようにも思われるけど、でもとても近しいものに感じられた。


そういうことも含めて、感じるところ、思うところの多い映画だった。いい映画でした。





観たのは 12 月頭だったんだけど、昨年はほんとにぼうっと口を開けているだけで素晴らしい映画が四本も観られて幸せでありました。今年もいい映画に出遭えるといいなあ。とか言ってないで探せよ、という話ではあるのですが。