- 作者: 大崎善生
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2003/05/15
- メディア: 文庫
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昨今は広く知られていることと思うが、奨励会には年齢制限があり、原則として 26 歳までに四段(=プロ)になれなければ退会しなければならない。地元では大人相手でも負け知らずだった年端もいかない少年が、自分と互角かそれ以上の連中ばかりしかいない集団に放り込まれて、プロになるためにしのぎを削るのだ。
圧倒的な実力――それこそ羽生善治のような――があれば奨励会をさっさと通過してしまうこともありうるが、ほとんどの棋士はそこまでではない。著者の見るところではむしろ、わずかな運や巡り合わせのためにプロになれるかなれないかが左右されることも少なくないようだ。ほんのわずかの差で、その後の一生が決まってしまう。それは本当に残酷で慈悲がない。
奨励会を去った者のその後の人生はさまざまだ。将棋に関りつづける者もいるし、まったく離れてしまう者もいる。何人かの事例が本書では語られるが、それを読むだけでも人生とはいろいろだなと思う。人の親となった今では、どうしても自分の子供だったらどうだろうと考えずにはおれない。幸いうちの子供たちは特異な才能には恵まれなかった。それを躊躇なく「幸い」と書いてしまうぐらい、才能ある者の戦いはきびしい。
『ボビー・フィッシャーを探して』のことも思い出した。あの本も才能を持つ子供たちの物語だが、あっちはもっと辛かった。たとえグランドマスターになってもそれだけでは食べていけないのだ。そして奨励会のようなシステムもない。年齢制限こそないが、それは逆にいつまででも夢を追えてしまうということでもある。それに比べれば、将棋の子たちは相対的には恵まれているのかもしれない。もっともそれもいつまで続くかはわからない。最大のスポンサーである新聞業界の縮小ぶりはすさまじいからだ。プロ棋士という職業が今のように成立しつづけられるものかどうか、もはやわからない。
成田の物語はほとんど数奇と言ってもいい。この将棋指しとの奇縁が著者にこの本を書かせることになった大きな動機ではあったのだろう。気質、生まれた場所、家庭環境、そういう本人にはどうしようもないことが運命を容赦なく分ける。しかし最後にはわずかに救いがもたらされたように見えるところで本書の記述は終わっている。
作者はアルバイトから日本将棋連盟に入り、手合い係などの後に編集部に異動し、『将棋世界』の編集長を 10 年間つとめた。当事者以外であればほとんど誰よりも近い立場から書かれたこの世界は生々しく、重く、しかし実に興味深く面白かった。