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『植物が出現し、気候を変えた』 デイヴィッド・ビアリング著/西田佐知子訳 みすず書房,2015-01

植物が出現し、気候を変えた

植物が出現し、気候を変えた

植物と気候の長い長い歴史を概観した本。書名にある通り、植物は文字通り地球の気候を変えてきた。そもそもは二酸化炭素を吸収して酸素を吐き出すことからして大気への影響を切り離せないが、副次的には自らの身体の中に炭素を蓄えたり、葉を茂らせることで気温を下げたりといった作用もある。蓄えられた炭素は土になり、長い年月をかけて石炭や石油に形を変えて地中にとどまる。単純に生物としての関わりを超えて地球の気候に影響を及ぼし続けているわけだ。
このあたりの話は昨年読んだ『気候変動を理学する―― 古気候学が変える地球環境観』(感想)と密接にリンクしている。古気候学が主に気象のサイクルに着目するという話は感想でも書いたが、そのサイクルには植物が関わっているものが少なくない。また、直接植物が関わっていない話すら本書には書かれていて、つまりこの本は古気候学についての本でもある、ということになるだろう。おれは上の本をすでに読んでいたからとっつきやすかったところもあったし、もちろんこの本でより深く知ったことも多くあった。シナジーの高い組み合わせと言えると思う。


過去の気候を調べるには堆積物がひとつ重要な手がかりになってくれるが、それについて面白い話が載っていた。石油会社が必要なデータのほとんどを持っていたというのだ。彼らは 20 世紀に、石油を探すために地球上のありとあらゆるところを調査した。そのため岩石と堆積物に関する膨大なデータを結果的に集めていたのだという。人間大金がかかると必死になるものだというのが実にみもふたもなくあらわれていてなかなか愉快なエピソードだ。そのデータによって、地球の歴史のある一時期だけ酸素濃度が非常に高かったことが示された。そしてその時期は、現在の酸素濃度では考えられないほど巨大な昆虫などが跋扈していた時代とほぼ重なるのだという。巨大昆虫、なぜかわからないけどちょっとわくわくしますね。実際見たらすげー怖いだろうけど。


あとは、極地にも植物が生い茂っていた時代があったらしいという話で、南極点初到達をアムンゼンと争ったスコット隊のエピソードが紹介されていた。スコット隊は途中一日だけ停滞した日に周囲の標本採集を行い、植物の化石を数多く発見したらしい。もちろんそれを持って帰ることはかなわなかったわけだが、のちに回収されて大いに活用された。アムンゼン隊のメンバーの一人はのちにこう語ったという。

スコットらの偉業は、はるかに我々を上回っていた。アムンゼン隊の我々は、自分たちを卑下しているわけではなく、心からそう思っている……。考えてもみてほしい。スコットたちは、自分たちでソリを引いて南極点へたどり着いたのだ。南極点まで行って帰ってくるためのすべての装備や食料を、自分の力で引いたのである。我々は出発時、犬を52頭連れていた。しかし帰ってくる頃には11頭しか残っていなかった……ところがスコットたちは、犬ではなく自分たちでソリを引いたという。あの探検に行った者なら、彼らの偉業に脱帽しないでいられるはずがない。あんな忍耐力を示せる者が他にいようとは思わないし、あれと同じ偉業を誰かができるとはとても思えない。

とまあ、そんな感じに古気象学の話がいろいろ出てくるわけだけど、最後は未来の展望が少しだけ紹介される。植物の光合成には実は何種類もあって、それぞれに長所や短所があり、エネルギー効率も違うのだという。単位面積あたりの収量が一番大きいのはトウモロコシに代表される C4 光合成を行う植物たちらしい。総合的に優れているのはイネだが、こちらは C3 光合成なので C4 植物には収穫量で劣り、品種改良もほぼ限界まで進んでいるのだそうだ。というわけで、今や C4 遺伝子をコメに組み込む研究が進んでいるとか。光合成自体複数の起源を持つ機構なので、組み込みもいずれできるだろうとのこと。


技術は未来を照らす灯りになる。歴史は照らすべき道を教えてくれる。その両方ともに植物は密接に関わっている。どうもありがとう、これからもよろしく――といったところだろうか。なかなか面白い本でした。