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山野浩一死去

山野浩一氏が亡くなった。食道がんであったという。


http://bookpooh.com/archives/2517
【訃報】SF作家・山野浩一さんが死去 競馬評論家としても活躍 | 本のページ
http://kuriyama.miesque.com/?eid=2300
山野浩一さん死去 | 栗山求の血統BLOG


JRA のレーシングプログラムや「競馬ブック」で氏の文章はしょっちゅう目にしていた。信じられないほどの博識で、他の誰にも書けないような内容のことをすごい長文でじゃんじゃん書いていた。有芝まはる殿下。(id:mahal)が書いていたように、当時の競馬ファンであれば山野氏を避けて通ることはできなかっただろう。


ただ、なんというか癖のある人で、避けて通れなくもありながらある種の近寄りがたさを持っていたし、それは畏れ多さとは別の種類のものだった。それは書いている文章のそこかしこからにじみ出ていて、氏の文章のひとつのトーンになっていたし、おそらく性格のあらわれでもあったのだろう。自分のことを卑下せず、誤っていることは誤りだと断じ、無知や単純な間違いには時に異常なほど厳しかった。そういうところが痛快でもあり、しばしば面倒くさかったが、それもひっくるめて愛すべきキャラクターではあったとも言えよう。(自分で言うのもなんだがこの段落の煮え切らなさがつまりおれの氏に対する感情をあらわしているわけです)


SF 作家としてはあまりよく知らぬまま終わった。『X電車で行こう』を古本屋で見つけて買って読んでみたには読んでみたのだが、正直ぴんと来なかったしほとんど憶えてすらいない。唯一表題作だけはぼんやりと記憶しているが、ロジカルなところから始まるのにはるかにそれを超えていってしまう展開は、なんというか無限大に発散する級数を順に見せられているような気分だった。最初のいくつかの項は美しい列なんだけど途中からあっというまに把握できなくなる。おれの評価はそんなわけで「SF 作家としては not for me だな」だった。一冊で決めるのも早計とは思うが、現実問題として当時はほとんど絶版で簡単には読めなかったのだ。


著作としては『血統事典』をたぶん一番よく読んだと思う。我が家には第五版と第六版があって、特に初めて買った第五版の方は結構側面が黒ずむ程度にはページを繰った。リファレンスとしても用いたし、なんとなく開いて読んだりもしていた。面白かったし参考にもなった。他の本には決して出ていないような超マイナー種牡馬までとにかく網羅されているのが頼りになったし楽しかった。
確かこの本の序文だったと思うのだが、氏がこんなようなことを書いていた――“血統は大天才が一生涯をかけて研究してもものにできるものでもないが、凡人の短時間の研究でもそれなりには把握できるものでもある。”(大意)。それだけ血統は圧倒的に奥が深いが、それはそれとして父親の名だけでも目の前のレースの結果が予測できることもある、という面白さを言いたかったのだろうけど、当時血統をかじりはじめたばかりのおれはその文章の後ろ半分にほんとうに勇気づけられたものだった。おれはよい研究家にはなれなかったけど、血統という深い森に分け入っていくときにこの一冊が手元にあることがどれほど心強かったか。*1


死期を悟り、淡々と終活を進め、ブログの最後のエントリに「サヨウナラ。」と書き残す。いかにも山野氏らしい最期であったなあと思う。どうかゆっくりお休みください。

*1:この段落ほとんどおんなじこと昔書いてた。十一年前か……。→http://d.hatena.ne.jp/natroun/20061003#p1