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『あとは野となれ大和撫子』 宮内悠介著 KADOKAWA,2017-04

あとは野となれ大和撫子

あとは野となれ大和撫子

ソヴィェト末期にアラル海のほとりに建国された小国「アラルスタン」。かつて国王によって建てられた後宮は、いまでは身寄りのない女性のための高等教育施設となっていた。日本人駐在員の娘である主人公ナツキは、やはり幼い頃紛争で両親を亡くしてそこに身を寄せていた。ぼやっとしているようで芯のあるナツキに、若手のリーダー格のアイシャや面倒見のよいジャミラも一目置く。ところがある日大統領が凶弾に斃れ、状況は急転回を開始する。


もともとアラルスタンは小さな国で、その領土を挟んでいるカザフスタンウズベキスタンにとってはいささか目障りな存在だった。大統領の不在を好機と捉えていずれかの国が侵攻してくる可能性は高く、さらにはイスラム原理主義組織 AIM がここぞとばかりに国家転覆をくわだてる。
そんな状況の下、大半の議員は職務を放棄し、機能不全に陥った議会を見てアイシャは大統領の「遺言書」を持ち出してきて自らが大統領代行であると宣言する。実質的に王位を簒奪したアイシャは、後宮の仲間たちに、逃げたければ逃げて構わない、覚悟があるものだけが残って自分とともにこの国を運営してくれ、と告げる。ナツキはアイシャのもとにとどまることを決める。


アラルスタンの設定といい、大胆不敵、というところだけど、日本と中央アジアの距離感があればこそ成立する設定/物語と言えようか。しかしアラルスタンの抱える問題自体は生々しく、そんな国の政治を主人公たちが「やってみる」という思考実験が面白い。それもかなり不安定な情勢なので、すぐそばに武力や暴力の気配があるという不穏さがあり、こういう言い方はなんだけれど、エンターテインメント性には一役買っているとは言えるかもしれない(こんなこと書けるのも「距離感」のおかげですね)。アイシャやジャミラの造形のおかげもあって、どこか遠い国の、でも地続きの「いま」の物語という作品になっている。


複雑な状況に、もとより魔法のような解決策などない。それでも国を支えて前に進まなければならない。そんな状況で示されるナツキの選択と行動は希望を感じさせるもので中々よかった。それも含めて、読後感のよい作品でした。