黄昏通信社跡地処分推進室

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「葛飾北斎 冨嶽三十六景 奇想のカラクリ」 太田記念美術館,2017

泊まり勤務で、特に予定のない日、というわけで妻とふたりで出かける。葛飾北斎展於太田記念美術館
富岳三十六景、実のところちゃんと見たことはほぼ全くなく、どっかで一枚二枚は見てるかも知れないけど四十六枚全部出してくれるってんだからこれは有難いというもの。実際見てみるとまあこれが面白い。いくつかのテーマに分けて、そこそこ親切な解説文がついてたりもするんだけど、技法とか表現とか構図とか、手を変え品を変えよくもまあというぐらいいろいろやっている。これが七十越えてからの仕事だってんだからやんなっちゃう。死ぬまで「上手くなりたい」と言いつづけていたというのもうなずけるし、ほんとに絵え好きだったんだね、って思った。


個別の絵で印象に残ったのは「御厩川岸より両国橋夕陽見」(両国橋を脇から描いた奴)。対岸の家並みと松林が輪郭線なしで描かれていて、それが黄昏の迫る時間帯の明るさと暗さを過不足なくあらわしている。手前に描かれている川の水の流れがいかにもぐいっと力強いのとは逆の静けさがとてもよかった。
「神奈川沖浪裏図」は超有名な奴だけどおれはすごく好きで、構図も視点も状況もあり得ないけど、波は迫力がある一方で細かいしぶきが丁寧に描かれているし、舟は波で真ん中を隠されて二つに分かれて見えて危うさが増しているし、空と海の色づかいもいい。
あとは「駿州江尻」(草原で急な風に吹かれてる奴)。みんなぐっと下を向いて少し脚を曲げて踏ん張っているさまとか、笠を飛ばされたひとりだけが顔を上げて笠の方を見ているのとか、本当に見てきたように描いていて、それが浮世絵というアブストラクトな画面に落としこまれているのがいい。女の人の懐紙はいくらなんでも飛ばされすぎで、それはちょっと笑っちゃう感じだったけど、北斎はどうだどうだ、って勢いで描いてたんじゃないかと想像する。


あと、折からの応為さんブームに乗ってか「吉原格子先図」も一緒に出ていたので有難く拝んできた(もちろん初見)。あまり大きくはないのだが半分は影というぐらい執拗に影を描いている。そこに応為の描きたい形があったのだろう。格子の外にある提灯などの光は溶けるように闇に呑み込まれて、照らし出す人物の輪郭を柔らかく曖昧にしている。一方で格子の隙間からこぼれる室内の明るい光は地面を断ち切るようにまっすぐ伸びている。中央の遊女の表情が見えないことについて解説がついていたけれど、室内の女性の顔がことごとく格子に隠れて見えないことも含めて、あるいは応為にも父譲りの天邪鬼気質があったのかもしれない、なんてことを思った。


ともあれ楽しい展覧会でした。二階の通路の内側のショーケースには『北斎漫画』とか『葛飾北斎伝』とかも展示されてるのでお見逃しなく。富岳三十六景実はちゃんと見たことないや、って人は、このさいぜひ。