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『メッセージ』 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督 パラマウント,2016

言わずと知れたテッド・チャンあなたの人生の物語」の映画化作品。なぜあれを長編映画化しようと思ったのか、本当にわからないけれど、しかし見終わってみての感想としてはなかなかよくやってくれたなーという感じでありすごいものだと思う。


「ファーストコンタクト」と、「言語が思考を規定するという仮説」が原作の着想の元になっている(と思われる)。ファーストコンタクトは掘り尽くされたようにも思えるテーマだが、未だ無限のヴァリエイションがあるとも言える。本作で登場するヘプタポッドと呼ばれる“宇宙人”はあまり積極的なコミュニケイションはとろうとしてこない。地球人に何かを売りつけようとか地球人から何か得ようとか、まして地球を征服しようとかいう意図はまったく感じられず、こちらのアプローチにはある程度まじめに応じてくれるけれど、それだけである。


主人公のルイーズは言語学者言語学者がこういう時にかり出されるものなのかちょっとわからないが、ともあれ専門家としてお呼びがかかる。宇宙人の言語を学ぶために、宇宙船に乗り込んでいってコミュニケーションをはかる。このあたり原作ではもっとずっと地味なやりかたなのだけど、そこは映画らしい見せ方になっていた。


少し疑問が残るのは、ヘプタポッドたちのありかたに対する説明がやや不足していたように感じられることだ。原作では彼/彼女たちの身体の対称性について言及がある。また、文字の書き順についても言及されている*1。そしてもっとも肝腎な変分原理が出てこない。
変分原理は、たとえば空中の点Aから水中の点Bに向かう光が通る経路を考えるときに、光がAからBに到達する時間が最短になるような経路になる、という法則が導かれる原理のことだ。直感的には、あたかも光がAを発するときにBという目的地を知っているかのようにふるまう、と思えてしまう奇妙な原理だが、現実には光の経路を求めようと思えば水面への入射角と水の屈折率がわかればそれで足りる(別に目的地を知っていなくても曲がるべき角度はわかる)。これこそは本作最大のはったりであり、ヘプタポッドの物事の捉え方を説明する理屈になっている部分なのだから、多少煩雑でも登場させるべきだったように思う。


終盤はハリウッド映画的な派手な展開が絡んできて、ルイーズが巻き込まれて活躍したりするのだけど、まあ興行的な要請というのがあるのだろう、たぶん。最後は原作と同じように、大事なことが示される。たとえヘプタポッドのように物事が見えていたとしても、あるいは人間のように物事を見ていたとしても、その瞬間瞬間の大切さは少しも変わらないのだと。

*1:もっとも、文字については映画版の文字——一瞬で全体が描かれる——の方が理にかなっているとも考えられる。小説版は説明としてはすぐれているが、まさに説明のための設定のようにも思われる。