黄昏通信社跡地処分推進室

黄昏通信社の跡地処分を推進しています

2018上半期総集編(その1)

やっと今年の分。遅れが取り戻せていないのでは、という説がある。

オノマトペの謎——ピカチュウからモフモフまで』 窪薗晴夫編 岩波書店:岩波科学ライブラリー,2017-05

オノマトペの謎――ピカチュウからモフモフまで (岩波科学ライブラリー)

オノマトペの謎――ピカチュウからモフモフまで (岩波科学ライブラリー)

これは面白かった。オノマトペってそもそもなんなんだ、というところから、オノマトペにまつわる色々な話題をとりあげている。
モフモフ、という言葉にはなんとなく柔らかそうな、丸そうな、ちょっと中身が詰まってそうな感じがある。でも、それってどうしてなんだ? おれがモフモフという言葉を習得した時に柔らかそうな、丸そうな、ちょっと中身が詰まってそうなものと結びつけて憶えたからだろうか? それともそうではなくて、mofumofu という音素にそのような感じを想起させる何かがあるからなのだろうか? 
前者だとすれば、その言葉が「モフモフ」でなくてもそれは成立するはずだ。しかし実際にはおそらくそうはならない。たとえば「ゲレゲレ」だったらどうか。「柔らかそうな、丸そうな、ちょっと中身が詰まってそうな」感じはあまりないのではないだろうか。じゃあ「マヒマヒ」だったらどうだろう。まあまあいい線いってる気がしないでもない。これはモフモフと子音が同じだ。ということは後者に近いのか。そうだとすると、mofumofu は世界的にモフモフ感のある言葉なのだろうか。それともあくまで日本語話者にとってのみモフモフ感を醸し出せるのだろうか。
……とまあ、その辺の話がすごくよかった。作中ではある程度分析の成果みたいなところまで書かれているので、それを踏まえて自分で分析を進められる人ならもっと楽しめるだろうと思う。他にもいくつか載っていて、「スクスクとクスクスは何故違う意味になるのか」って話も面白かったかな。

『脳はいかに意識をつくるのか——脳の異常から心の謎に迫る』 ゲオルク・ノルトフ著/高橋洋訳 白揚社,2016-11

脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る

脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る

タイトルの通り、脳と意識との関係の本。うーん、読んだ時にはそれなりに面白いと思ってメモも取ったんだけど、メモがガラケーに入っててそのまま消えちゃったんだよな。残念なり。そしてメモがないと殆ど何を書いてあったか憶えていない有様である。とにかく fMRI とかを使って脳の器質的な活動と意識のありようとをきっちり関連づけていこう、そこから先の議論はその関連に基づいてやっていこうじゃないか、みたいなスタンスが明確で、そこは興味深かった。安静時——つまり、動いたり考えたりをほとんどしていない状態の時の脳活動の異常が、統合失調症などの異常にかかわっているかもしれない、みたいな話も載っていて、それはなにか病気の本質に届きそうな知見かもしれないという印象を受けた。ただやっぱりまだまだわかってないことが多すぎるなという感想も持った。ぐだぐだだけどそんなところです。

『海の地政学──海軍提督が語る歴史と戦略』 ジェイムズ・スタヴリディス著/北川知子訳 早川書房,2017-09

海の地政学──海軍提督が語る歴史と戦略

海の地政学──海軍提督が語る歴史と戦略

元米国海軍提督が語る、海から見た地政学の本。
しかしどちらかというと「ぼくのかいぐんじだいのおもいで」みたいな内容であり、ちょっと物足りなかった。そもそもおれはまあ地政学よくわかってないわけだが(だから読んだ)、それにしてもなんかあんまり知識が広がった感じがしなかったのだった。もしかするとおれが地政学に興味なさ過ぎてこの本から当然得られるべき知識を得られなかったのかもしれないのだが、いずれにしても not for me というか I am not smart enough という感じであった。
アマゾンのレビュー見ると和訳を酷評しているひとがいるが、その当否はともかく訳はちょっと気になるところはあったことは記しておく。つまり、そのレビューを読む前からおれもちょっとひっかかるところはあった。具体的には「炭化水素」という言葉の使い方。
全体の評価としては、ひとことで言えば期待外れ。

『赤いオーロラの街で』 伊藤瑞彦著 早川書房ハヤカワ文庫JA,2017-12

赤いオーロラの街で (ハヤカワ文庫JA)

赤いオーロラの街で (ハヤカワ文庫JA)

作者がどういうわけか増田に半生記この話を執筆した経緯を書いていて、面白い人もいるもんだなと思って読んでみた。
題材はユニークで、太陽が太陽嵐を起こしてそれが地球に直撃した話。地球中の電気設備に壊滅的な打撃が与えられるため、大規模な停電と通信途絶が発生する。その時に起き得る事態とその後を描く、きわめて正当な昔ながらのワンアイデア SF。この説明だとディザスター SF みたいな印象を受けるかもしれないが、本作のトーンはもっと淡々としていて、「その後」の話にスポットを当てている。実際のところはもっとはるかに破滅に近い状況が現出するのではないかとおれは思ってしまうが、叙述が冷静かつ妙な現実味があるので、案外こんなものかもしれないと思わせるのが面白いところ。
著者はかなり波乱万丈な半生を送ってきているにもかかわらず当人はあまりそうは思っていないようで、上でリンクを張った文章はどちらもほとんど他人事みたいに書かれている。その距離感はフィクションになっても同じであるようで、読後感は奇妙に似ている。そこが魅力でもあり、どこか物足りないところでもある。よく調べられていると思われる出来事やディテイルの描写に対して、ストーリーはいささか弱い。
冒頭のイメージと、前半から中盤の展開には見るべきところがある。すごく面白いというほどでもないけれど、そこそこ読ませる作品と思う。

『職業としての小説家』 村上春樹著 スイッチパブリッシング:Switch library,2015-09

職業としての小説家 (Switch library)

職業としての小説家 (Switch library)

村上春樹の創作に関するエッセイ。この人、テレビに出たりトークショーやったりこそしないけどサービス精神はすごく旺盛だと思う。もともとは「MONKEY」の連載だったらしい。
どういうきっかけで小説を書き始めたのかとか、どういう風に文体を獲得していったのかなんてことも書かれていて、それはそれで面白いのだけど普遍性はない。タイトルに沿った内容ということでいえば、アメリカに売り込んでいくときどんな過程を踏んでいったかとか、執筆時にはどんな生活サイクルで暮らしているかとか、そんなような話が印象に残っている。かなり体力勝負なので身体はメンテナンスしてないとだめだという話は多分これまでも著者があちこちで書いているけど、個人的にはやっと最近腑に落ちる感じになってきた。
すごく面白かったというほどではないけれど、例によってさらっと読めるしほうほうと思うところもあって、さすがだなというところ。

15時17分、パリ行き』 クリント・イーストウッド監督,2018

実話を基にした映画。アメリカ合衆国で育った三人の若者がヨーロッパ旅行に行き、乗った列車でたまたま武装したテロリストと乗り合わせてしまう。
若者たち三人をそれぞれ本人が演じているのが面白い趣向で、もちろんまるっきりの素人なのだけど、演出の力というものか、それなりに見られる映像に仕上がっている。ただしこの評価についてはおれが英語よくわからんというのが大きいかもしれない。科白まわしがあまりに下手だときついもんね。
若者たちの幼少時代から長じてそれぞれの職業(三人中二人が兵士)に就くまで、イーストウッド監督は三人の成長を比較的丹念に追っていく。ものすごく特別なわけではない。多少の蹉跌はあり、兵士のふたりも優秀というにはほど遠い。どうしてそんな人たちが英雄的な行為に出られたのか、結局のところ観ていてもよくわからないというのが正直なところだったりする。だからこそすごい、のは間違いなくて、さてそれがなにによってもたらされたのか、ということは今でもちょっと気になっている。
観た当日の感想はこちら。→http://d.hatena.ne.jp/natroun/20180318#p1