黄昏通信社跡地処分推進室

黄昏通信社の跡地処分を推進しています

『超動く家にて 宮内悠介短編集』 宮内悠介著 東京創元社:創元日本SF叢書,2018-02

超動く家にて 宮内悠介短編集 (創元日本SF叢書)

超動く家にて 宮内悠介短編集 (創元日本SF叢書)


このままでは、洒落や冗談の通じないやつだと思われてしまわないだろうか。
いま振り返ると「なぜそんなことで」と思うけれど、とにかく当時のぼくには深刻な悩みだった。
深刻に、ぼくはくだらない話を書く必要に迫られていた。
というわけで宮内悠介の、ちょっと毛色の変わった作品集。タイトルが決まる前は「バカ SF 短編集」という仮題で呼ばれていたそうだけどまあそのままで、いろんなタイプのバカ話がこれでもかとばかりに詰め込まれている。もちろんこれまでにも『スペース金融道』みたいな作品は世に出しているし、それ以外にもバカ話の気配は作品のところどころに漂っていたけど、本書の収録作品は比較的純度が高いと思う。
圧巻は冒頭の「トランジスタ技術の圧縮」。休刊して久しい実在の雑誌「トランジスタ技術」は、本文の前後に大量の広告が掲載されていたらしい。熱心な読者はバックナンバーを保存する際に背中にアイロンを当てて糊を溶かし、一旦ばらばらにしてから本文の部分に背表紙を糊付けしたものをあらためて保存していたという。これを「圧縮」と呼んだのだが、この「圧縮」が競技として成立していた世界の物語だ。調べてはいないが、この「圧縮」は実際やっていた人がいたのだろう。おれは小学生のころ一時期だけ「I/O」を読んでいたことがあるのだが、I/O もすさまじく広告の多い雑誌で、その読者コーナーにまさに同じ趣旨のことが出ていたのを読んだ覚えがあるからだ。I/O 読者がやってたものをトランジスタ技術読者がやっていなかったとも思えぬ。閑話休題、雑誌の休刊に伴い休止されていた「圧縮」競技大会が一年限りで復活することになり、圧縮道に血道をあげるいかれたやつらがふたたび顔を合わせる……というのがストーリー。圧縮技術に伴う数々の小技や、お約束の師弟やライバル関係、すべてが熱いテンションで描かれ、まったくばかばかしい。架空スポーツものとしても出色のできだ。
「文学部のこと」は『もやしもん』に影響を受けたという大学もの。短いけど切ない読後感があってバカ話なのにさわやか。
「エターナル・レガシー」も個人的には好きだ。主人公が出会う男はあるものを自称する。そんなばかなと思いながら、主人公はどこかで本当かもしれないと思い始める。読者もついそれにつられてしまうが、そのあるものというのが Z80 なのだ。おれの家に初めて来たパソコンの CPU は Z80 だったということもあって妙に感情移入してしまったが、それを抜きにしても面白いと思う。
「超動く家にて」はバカミステリで、どこかで「野崎まどが書きそう」という感想を見かけたのだが言い得て妙だと思う。ばかばかしいアイデアが山盛りで、次から次へそれを使い捨てていくスピード感が楽しい。「法則」も同じカテゴリで、こちらは「ヴァン・ダインの二十則」という法則が現実のものである世界での殺人事件を想像する、というもの。
「クローム再襲撃」は一時期ちょっと流行ったマッシュアップ小説で、タイトルの通り「クローム襲撃」を村上春樹の文体で語りなおしたもの。タイトルの時点でこりゃやられたと思うんだけど残念ながらどっちかといえばタイトル負けに近い。出オチとまでは言わないけれど、マッシュアップすりゃいいってもんじゃないというのもこれまた当たり前の話ではあろう。
「星間野球」が最後を飾る。宇宙ステーションで野球盤を遊ぶ、否、真剣勝負するふたりの男の物語。あとがきによるとこの作品が『盤上の夜』の最後に入る可能性もあったのだそうで、それはそれで見たかった気もする。これも熱くてバカな物語だった。
個々の作品の感想にもばかばか書いてしまったけれど、それはほんとうに悪い意味ではなくて、ただまあばかとしか言いようがないものに向けた言葉だ。つまり突拍子もなくて役に立たないということだけど、フィクションでそれがマイナスになることがあるだろうか? 少なくとも本書においては、読んでいて「ばかだなあ」と思うとき例外なくおれはにやにやしてしまっていた。それってけっこうすごいことだと思うのだ。わりとおすすめです。
収録作品:「トランジスタ技術の圧縮」「文学部のこと」「アニマとエーファ」「今日泥棒」「エターナル・レガシー」「超動く家にて」「夜間飛行」「弥生の鯨」「法則」「ゲーマーズ・ゴースト」「犬か猫か?」「スモーク・オン・ザ・ウォーター」「エラリー・クイーン数」「かぎ括弧のようなもの」「クローム再襲撃」「星間野球」「あとがき」