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『エクソダス症候群』 宮内悠介著 東京創元社:創元日本SF叢書,2015-06

この本は三年前に刊行されていて、『盤上の夜』『ヨハネスブルクの天使たち』に続く作者の三冊目の著書にあたる。先日読んだ『超動く家にて』がたしか十一冊目だった気がするので驚いたが、それだけハイペースで書き続けているということになろう。
精神科医である主人公カズキは植民地化された火星唯一の精神病院に着任する。カズキは医者の子として火星に生まれながら幼いうちに地球に移り住み、自らも医師となって火星に戻ってきた。人類は火星に居住しているが未だテラフォーミングはならず、ひとびとは地表に作った泡のようなドーム群の中にこもるように暮らしている。その精神病院は十余りの棟からなっていたが、それぞれの棟は独立性が高く、全体は奇妙な形に並んでいた。人手は足りず、患者は多く、忙しく働くうちにカズキは隠された病棟とそこの主である奇妙な人物に出会い、自らの出生と病院にまつわる秘密を聞かされる。
火星というフロンティアを舞台とすることで、著者は精神医療史を語り直そうとしている。辺境という舞台を設定することで既存の精神医療のいくらかの部分をリセットし、過去に存在した治療、あり得たかもしれなかった治療にささやかな光を当てる。中々に大胆な所業と思うが、これは SF というジャンルだからこそできる試みなのかもしれない。
全体としては明らかに詰め込みすぎで、苦しい展開もあり、あまりうまく書けている物語とは思われない。しかしなにか心にひっかかるところのある小説でもあり不思議だった。こういう感覚は個人的だろうからあまり人におすすめはしないけれど。