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『ポリフォニック・イリュージョン 初期作品+批評集成』 飛浩隆著 河出書房新社,2018-05

寡作で知られる著者の、初期の短編、および各所に発表した書評やエッセイなどを集成した作品集。特に初期の短編については封印されたのだと思っていたので読むことができて嬉しい。
全三部構成の第一部が初期短編だ。せっかくだから全作品の感想を簡単に書いておこう。
表題作「ポリフォニック・イリュージョン」は第一回三省堂 SF ストーリーコンテスト優勝作品。著者は「けっこう自信があり、毎日郵便受けを確認していた」とのことだがさもありなむ、というかむしろ「そりゃ勝つわ」というべきか。とてもデビュー前の作品とは思えないし、後年の作品につながる要素が全部詰まっている。室内のみで展開されるごく短いシークエンスなのだが、文章の途中でシームレスに語り手ふたりが交代を繰り返すという凝った文章で、しかしその文体が全然邪魔にならないのだ。まったくいやになってしまう。審査員も度肝を抜かれたことだろう。
「異本:猿の手」はデビュー作。三度だけ願いを決して叶えないでくれるという猿の手を入手した老夫婦に起きた出来事を描く、ちょっと毛色の違う作品。なのだが、「びらびらのべろべろになってしまう〜」の段落には著者の凄みが遺憾なく発揮されている。
「地球の裔」はリリカルでノスタルジックな一編。これはこれで、へえ、こんな話も書いていたんだという感じが面白い。シチュエイションやアティテュードは梶尾真治作品に通じるところがある。
「いとしのジェリイ」は主人公と奇妙な軟体生物との共生生活を描いた作品。というたてつけからは全く想像もつかない方向に物語は展開する。官能性の描写は気持ち悪いほどで、流石と思わずにはいられないし(これはほめている)同時に全体に漂う底意地の悪い感じもまたいかにも著者ならではと思う。
「夢みる檻」は凝った作りの短編で、創作とその中の登場人物、人間の脳とその中にある人物の表象とが対照されて、さらに脳と創作とが結びつく、という構造になっている。このあたり、『グラン・ヴァカンス』と周辺作品群にも通じていそうなテーマだけど*1、本作ではその構造を作るための小道具が破天荒で素晴らしい。たぶん年代が下って同じテーマをもっとすっきり扱えるようになったということなのだろうから、本作は書かれる時代が早すぎた一編なのかもしれない。
「星窓」は『自生の夢』に収録された「星窓 remixed version」を読んだことがあって、「どうも散漫な印象」と書いたのだけど、今回そんなこともなく読めて普通によかった。そこまで大きく改稿されてはいないと思うので読む側の問題のように思われるが、もう一度 remixed version を読んでみないとなんとも言えなくはある。著者の作品としてはかなりロマンチックと思う。
ということで、初期短編といって舐めてかかるととんでもない作品ぞろいであった。また、これらの作品が同人誌に収録された際に著者が書いた自作改題も合わせて収められていて至れり尽くせりである。『象られた力』もまた引っぱり出して読まなければなるまい。


第二部が書評。
そもそも読んだことのある本が少ないのでなんとも……というところはあったが、さすがに読んでみたいと思わせる力は強い。特に野尻抱介の文章についてたっぷり語った「SF 散文のストローク——野尻抱介はハード SF の何を革新したか?」は実に興味深かった。おれは野尻作品をきちんと読めていただろうか?
それとバチガルピ『第六ポンプ』の書評「いつかみんなが愚かになる日のために」が収録されていたのはちょっと嬉しかった。これは「自治労通信」が初出で、おれはほんとにたまたま読んだのだけど、二度とお目にかかることもないかと思っていたからだ。


第三部はその他の文章。ブログのエントリである「腕をふりまわす」なんかも入っているのが面白い。
栗本薫の文章を読むことを「炊き立てのごはんをどんぶりに山盛りにして、わしわし食べ進むような、そんな気持ちの良さがあった。」と評している「栗本薫さんの死について」がよかった。(おれは栗本作品一冊も読んだことないのだけど)





最後に、印象に残った文章をひとつ書き出しておく。「登場人物が動き出す」ということについて著者が語った言葉だが、実に簡潔で当を得ていると思う。
登場人物というのは作者の中にあるモジュールをいくつか集めて作ったプログラムなんですね。ある程度そのプログラムがうまくいくと、プログラムしたときに想定していなかった課題を与えても、うまく答えが返ってくる。登場人物にシチュエーションを与えると行動や言動を返してくれる——それが登場人物が動き出すという状態だと僕は思う。
「レムなき世紀の超越」(p.330,巽孝之との対談)
さすがとしか言いようがない。登場人物が勝手に動くことについては以前書いたことがあるが、この文章あればもう要らんな。
ボリュームもバラエティも素晴らしい充実の一冊で、文句なしにおすすめ。

*1:でも本作では登場人物の人格自体はそんなに問題にされていないように思えるから違うのかもしれない