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『プロジェクト:シャーロック(年刊日本SF傑作選)』 大森望、日下三蔵編集 東京創元社:創元SF文庫,2018-06

東京創元社の年間 SF アンソロジー、2017 年版。これで十年目になるのかな?
なんか興が乗って全作感想書いたので、折角だから載せておく。

上田早夕里「ルーシィ、月、星、太陽」

作者の未来史《オーシャンクロニクル》の一角を成す作品。未来史自体は既刊の『華龍の宮』『深紅の碑文』を包含する壮大なものだが、本作は「ルーシィ編」の冒頭部分であるためとっつきやすい。続きが読みたくなる一編。

円城塔「Shadow.net」

初出は「攻殻機動隊小説トリビュート」とのこと。円城塔士郎正宗というのはけっこう意外な組み合わせにも思えるが、本作は見事に公安9課のいちエピソードたり得ている。アイデアとそのそこはかとないグロテスクさ、登場人物の軽妙なやりとり、そして詰め込まれたあまり本筋と関係ないガジェットにいたるまで隙がない。「ま、そういうことはいいとして、だ」の描写(まったく同じ科白を表情だけ変えて二度繰り返す!)には舌を巻いた。わかるようなわからないような読後感も本家ゆずり。

小川哲「最後の不良」

「pen」に掲載されたという異色作。SFというと違う気もするし、かといってそれ以外のなんなのかというのもよくわからない。気が利いていてちょっと面白いが、すごく感じ入るところはなかった。ラストは好き。

我孫子武丸「プロジェクト:シャーロック」

イデアは悪くないのだけどそれがごろっと転がっている感じ。昔からそういうところがあって、はっきり言えば小説があまり上手くないと思う。

酉島伝法「彗星狩り」

星間生物の生活を描いた正統派のSF。妙な説得力があって面白かったが、どうもその先というかその向こうの広がりがあまり想像できず、この世界の別の話を読んでみたいという気にはなれなかった。

横田順彌「東京タワーの潜水夫」

カミという作家の作品のパロディ、らしいのだが短い割にはとっちらかっていて笑いどころがわからない。パロディというのもいろいろで、元ネタ知ってたらめちゃめちゃ面白いけど知らなければ何も面白くない、みたいな作品は確かにあるが、本作がそれにあたるかどうかは疑問。

眉村卓「逃亡老人」

なぜこれを本書で読まなければならないのかというのがわからない。活力もないし枯れきってしまっている。これに比べれば筒井康隆ずいぶん元気だよなとは思えたけど、そんな対比のために収録したわけでもあるまい。作者の言葉も覇気がなさすぎる。

彩瀬まる「山の同窓会」

ファンタジーというかマジックリアリズム? SF味は薄い。ただ、この世界の人たちの暮らしのはすごく描けていて、物語も切ない。主人公の境遇に近しいものを感じる人も多いかもしれない。

伴名練「ホーリーアイアンメイデン」

超常能力を持つ双子の姉に宛てた妹の書簡だけでつづられる物語。能力自体はそこまで(SF的には)特別ではないが、状況設定が巧みで読ませるストーリーになっている。ミステリー仕立ての展開もいい効果を上げていて面白かった。本書の収録作では屈指の出来。

加藤元浩「鉱区A−11」

作者を見ればわかるとおり、収録作品唯一の漫画。伝統的に漫画と SF は親和性が高い。
ある種の密室殺人を題材にしたSFミステリー。大ベテラン余裕の一作という感じで、楽しんで描いているのが伝わってくる。ロボット三原則といいメインのトリックといい70年代ぐらいにアシモフが書いてそうだけど作者はそれも承知だろう。

松崎有理「惑星Xの憂鬱」

とぼけた味わいのコメディ短編。準惑星に降格されてしまったある天体にまつわるようなまつわらないようなドタバタを描く。こういう作品ももっと入ってていいようにも思うのだけど、絶対数が少ないのだろうか。

新井素子「階段落ち人生」

この人の文体は変わらないなと思うし、もうどうしても受け容れることができない。たぶん十代ぐらいの頃に最初に読まなければならなかったのだと思う。それを抜きにしてもアイデア、展開ともさして目新しくもなく凡庸な一作。

小田雅久仁「髪禍」

これはよかった。SFというよりは普通にホラーだと思うけど、タイトルの通り人間の髪の持つ独特のおどろおどろしさをとことん突き詰めた怪作。すごく気持ち悪くて怖い。なかなかこういう風に書けないと思う。「髪衣」の気色悪さといったら!

筒井康隆「漸然山脈」

ほとんど意味をなさない文章の羅列で、ところどころ面白いが延々と読むのはきつい。テーマソングを作曲してその楽譜も併載し、さらにはそれを自ら歌った動画をYouTubeに上げる、という謎のバイタリティはすごいが、ちょっとついていけない。「御大健在だな……」とか言っておけばいいんですかね。

山尾悠子「親水性について」

ごく短い掌編。別のふたつの短編と三部作をなすらしく、これだけ読んでもよくわからない。ただイメージの喚起力はすごく、ちょっとこの人の他の作品も読みたくなった。

宮内悠介「ディレイ・エフェクト」

1944年の東京の光景が2020年の同じ場所に重なってあらわれる……という、アイデア自体は初めて見るわけでもなさそうな設定。しかし語りは流石のうまさで、その情景も見事だし、なんなら巻き込まれてみたいとすら思えるほどで、そう思わせた時点で半分勝っている。現象に対する説明を一応ディレイ・エフェクトという技術になぞらえた形でしてみせているのもうまくて、実際には何が起きているのかまったくわからないままなのに読者のとりあえずの納得度合いは増している(もちろんこの手法をよしとしない読者もいるだろうが)。そしてその現象が登場人物のドラマを駆動していくという造りもいい。個人的にはこれが一番好きだった。

八島游舷「天駆せよ法勝寺」(第9回創元SF短編賞受賞作)

これはなかなか面白かった。タイトルの通り、法勝寺が宇宙船となって天空をかける話。作中世界では「佛理」という概念が存在することになっていて、まあだじゃれなんだけど、佛理法則に基づいて寺が飛んだり佛が顕現したりするという破天荒な設定だ。しかし展開されるストーリーは意外なほどまともで重い。

あとは

これらについては感想は略。新井素子が選評である作品に対して真っ向から「文章が下手」って書いてたのはよかった。


玉もあり石もあり、SF っぽい SF もあれば SF っぽくない SF もあり。年間アンソロジーなら質としてはこんなものかなと思う。編者のスタンスとして「なるべく SF の包含する範疇を広くとる」というような方針があるようで、そこにはいまいち乗り切れない……と思っていたのだが、ひょっとしてというかひょっとしなくてもこれ、SF だけで年間アンソロジー編もうとするとこうならざるを得ないってことなのかもな。そう思うと中々前途が明るいとは言えないけど、まだまだ SF には可能性があると思うし、新しい SF に対するキャッチアップは続けていきたい。