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『ゲームの王国』(上・下) 小川哲著 早川書房,2017-08

ゲームの王国 上

ゲームの王国 上

ゲームの王国 下

ゲームの王国 下

これすごく面白かったんだけどめちゃめちゃ語りづらい。1960 年代と近未来のカンボジアを舞台に、圧倒的な天賦の才を与えられた少年と少女の運命の交わりを描く。

上巻は 1960 年代が舞台で、カンボジアクメール・ルージュ支配下に置かれる直前の時期を描いている。片方の主人公である少年ムイタックは貧しい農村に生まれたが、幼少の時から並々ならぬ知性を発揮して周囲からは疎んじられる。ここでの農村の描き方がすごい。村人たちには一応名前はあるものの、「輪ゴム」「泥」「俊足」「蟹」などさまざまなあだ名で呼ばれ、地の文でも普通にそのように書かれている。ムイタックも実のところ「水浴び」という意味だ。科学的な知識、現代的な技術はきわめて限定的にしか届いておらず、村人たちは貧しく半ば外界と切り離されたような生活を送っている。
もうひとりの主人公たるソリヤは出生に秘密を持ち、生後間もなく両親とは引き離される。育ての親は殺され、ソリヤ自身も追われることになる。続いてソリヤを引きとることになる人物も最終的には命を落とす。この物語ではあっけないほど簡単に人が死んでゆく。暴力と猜疑心と死の気配がどのページにも漂っている。その緊張感がページをめくらせる。人の死が軽い。
そんな中、ムイタックとソリヤはムイタックが親戚の結婚式で出向いて行ったバタンバンの少しだけ大きな町で出会う。ふたりはおたがいの聡明さに感銘を受ける。ムイタックはカードゲームで負けたことがなかったが、七歳年上のソリヤに初めて敗れる。ソリヤもムイタックの考え方に影響を受ける。このふたりが出会うシーンが本当にいい。ムイタックの兄であるティウンの視点で描かれているのだけど、ティウンは読者の一番感情移入しやすい程度の知性の人物として描かれていて、ふたりの出会いを好もしいものとしてとらえている。そしてまた出会って話したい、ゲームをしたいと願いながらふたりは別れる。
王政時代もカンボジアは豊かな国ではなかった。だが、クメール・ルージュ――のちにいうポル・ポト派の支配時代には急速に生産力が落ち込み、文字通りどん底の状況を生む。クメール・ルージュに対する面従腹背を続けていたムイタックたちの村にもとうとう粛清の手が及ぶ。大人たちは片っ端から殺されてゆき、子供たちも拘束され、あるいは大人たちの後を追わされそうになる。そこでムイタックとソリヤのあいだには決定的な溝が生まれてしまう。ムイタックは決別の言葉を叫んで、ソリヤの前から姿を消す。生きのびるために。

下巻では、一気に時代が下って近未来のカンボジアが描かれる。上巻の主要な登場人物はほぼ六十代かそれ以上になっていて、それぞれの立ち位置で生きている。そして次の世代の登場人物も登場し、物語を動かす力の一翼を担うことになる。その人たちにムイタックがする講義のシーンがよかった。いかにもこんな講義しそうなのだよな(と、思わせること自体もなかなかすごいと思う)。
クライマックスでソリヤとムイタックの人生がもう一度交わる瞬間はほんとうに素晴らしく、ある種の喜びと後悔に似た取り返しのつかなさに満ちていて、とてもよかった。こうなるしかなかったのか、他のあり方はなかったのか、詮無きことだがちょっと本気で考えてしまう。

ごちゃごちゃした感想だけど、そんなところで。全体的に暗い話だけど、それでもよければおすすめです。