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『ランドスケープと夏の定理』 高島雄哉著 東京創元社:創元日本SF叢書,2018-08

ランドスケープと夏の定理 (創元日本SF叢書)

ランドスケープと夏の定理 (創元日本SF叢書)

今日日珍しくなった大風呂敷 SF。中編三編が収録されているが、登場人物は共通で時系列も順番通りなので、三つのパートに分かれた長編と考えてもさしつかえない。
一編目が表題作「ランドスケープと夏の定理」。主人公ネルスは天才物理学者である姉テアに呼ばれて、ラグランジュ点 L2 に置かれている国際共同利用実験施設に出向いていく。そこでは姉がとんでもないものをつかまえて、さらにそれを利用して実験を行おうとしていた。
ランドスケープ理論というのが大きな鍵になる。レオナルド・サスキンドというひとが提唱している理論らしいのだけど、統一理論の候補のひとつであるひも理論はいささかがばがばな理論で、この理論が適用できる宇宙はごまんとあることになってしまう。ではなぜこの宇宙はこのような形なのか?――いやいっぱいあり得るけどその中のひとつなんだよ、たまたまおれたちがそれを観測できる形に生まれついただけ、存在可能な宇宙の集合体はものすごい束みたいなものなんだ、とかなんとか。
それで、じゃあ他のあり得る宇宙にアプローチできたら? というのが、姉の側の風呂敷*1。そこで行われる実験が冒頭のものなのだけど、それによって引き起こされる変容というのがまあすさまじい。
一方、ネルスはネルスで「知性定理」という理論を着想し、それを深化していく。知性にはいくつもの形があるがそれらには普遍性がある、というのが第一定理。知性にはあり得る姿が無数にあってその可能な姿全体を知性と呼ぶべきである、というのが第二定理。そしてこの第二定理はランドスケープ理論と対応している。さらにこの理論の下で、ある夢のようなことが可能になるということがわかって――
とまあ、とにかく大胆で、難しくて、でも夢のようで、ちょっと楽しくて、ちょっと恐ろしくて、という SF。個人的な好みからするといささか現実から遠くに行きすぎているというか、おれが SF に求める「現実と地続きのどこかにある地平での出来事」という感覚は弱かった。でもこの「まじめに大風呂敷を広げてやるぜ!」という感じ自体は嫌いじゃない。次作があればまた読んでみたいかな。

*1:この辺のネタは『シルトの梯子』と少しかぶる。作者はたしか自分でイーガン好きだと書いていたが、果たして意識していたねたかどうか。