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『未来職安』 柞刈湯葉著 双葉社,2018-07

未来職安

未来職安

怪作『横浜駅 SF』で一気に名を知られた作者の三作目。いまよりちょっと(だいぶ?)未来、自動運転やロボット配達が実現し、人類社会の「生産性」はぐっと向上して、大部分の人間は労働から解放された。人々はひとにぎりの「生産者」と残りすべての「消費者」に分かたれ、どうしても人間がしなければならない仕事だけを前者が担い、ベーシック・インカムが支給されているため後者はなんならなにもせずに暮らしていくことすらできる。さすがに贅沢三昧というわけにはいかないけれど。
主人公の目黒はかつては生産者クラスに属していたが、その仕事は「責任をとること」だった。自動運転が実現して、人間が運転するよりもずっと上手になっている世界であっても、事故をゼロにすることは絶対にできない。そして、事故が起きたときの責任を取ることだけは AI には不可能なのだ。目黒は自分にはなんの落ち度もないのに、たまたま自分の責任が割り当てられていた自動運転車が事故を起こしてしまったために、責任を取って辞任を余儀なくされてしまう。これは実にブラックな設定でよかった。そんなばかなと思うかもしれないが、あながちこれは現実から大きく離れているとは言えないのだ。現在は、自動運転が導入されても運転者は依然としてハンドルを握っていなければならないし、不測の事態には対応しなければいけないことになる見込みだ。でもそれにはほとんど意味がない。緊急事態だけ人間が介入するのは人間と機械の役割分担のやり方としては最悪のやり方のひとつだからだ。ではなぜハンドルを握っているかといえば、運転者が責任を取るからにほかならない。それだけなのだとしたら、ハンドルなんて握ってなくてもいいのではないか? いやそもそも乗ってなくてもいいのでは? というのは SF としては普通の発想だろう。

さておき、そんなユートピアディストピアのあいだのどこかにある世界で、目黒は「職安」で働くことになる。職安といっても「所長」である猫一匹と、目黒の雇用主である上司の大塚、そして目黒本人で全員というこぢんまりした所帯だ。物語のフォーマットとしては連作短編という形式も含めて完全に探偵もので、仕事を探している依頼人が現れて、それに対して大塚が謎の人脈や知識を駆使してちょっと風変わりな解決を提示する、という流れが基本。意外な展開を見せて面白い作品もあるけど、どちらかというと職安のゆるい日常を描いた雰囲気系の側面が強いかもしれない。全体としては悪くないんだけど、めちゃめちゃ面白いというほどでもなく、『横浜駅 SF』と比べてしまうといささか気の毒かなという感じ。