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『ヒットの設計図――ポケモンGOからトランプ現象まで』 デレク・トンプソン著/高橋由紀子訳 早川書房,2018-10

ヒットの設計図――ポケモンGOからトランプ現象まで

ヒットの設計図――ポケモンGOからトランプ現象まで

世の中にヒット作は数多ある。小説あり、映画あり、ゲームあり。しかしヒットの条件というのはわからない。それはそうで、それがわかれば苦労はしないわけだが、とはいえまったくランダムにヒットが湧いてくるわけでもない。ヒットの裏で確かに起きている現象をていねいに見ていけば、なにがしかの共通点は見えてくるものなのかもしれない。というわけで、古今のヒットの裏側にある構図みたいなものをいろいろ分析していこうという趣旨の本だ。
いきなり例に挙がるのが印象派というのが面白いところ。今もなお「印象派」は特別な存在で、世界中いろいろな国で印象派の展覧会というのは客を集めるものらしい。ところで印象派ってどう定義されるんだ、という話になるとまあこういうのにつきものの通りさまざまな定義があって、どんな定義でも確実に入る人もいるし、境界線上にいる画家もいる。なかでも特別に人気のある七人は、ギュスターヴ・カイユボットという画家が死後に残したコレクションに含まれていた七人の作家、すなわちセザンヌドガ、マネ、モネ、ピサロルノワールシスレー、ということになるらしい。カイユボット自身は一流の画家ではあったが、現代の評価や知名度ではその七人に遠く及ばない。しかしその間接的に残した影響は今なおものすごく大きいのだという。これは単純接触効果という概念で半分は説明できる。単純によく見るものはよく思えてくるのだ。だが、なぜその七人の作品が「よく見る」レベルまで達したのかは説明することが難しい。
ドナルド・トランプは 2016 年の大統領選挙で事前には誰もが予想し得なかった勝利を収めた。なぜ勝ったのかを説明することは難しいが、ひとつ確実に言えることは、彼は他のどの陣営よりも圧倒的に低いコストで多大なメディアへの露出を果たしたということだ。トランプの発言や行動はあまりに常軌を逸していたため、マスコミはこれを取り上げずにはいられなかった。みもふたもなく言えば炎上商法だが、現実にトランプは勝った。

現代では人気があること自体が価値となる。みんなシェアしたいしシェアされたいからだ。これは SNS ではっきり可視化されたが、おそらくは人間が昔から広く持っている性向なのだろうと思う。シェアには自分の好みももちろん反映されるが、それと同等か、もしかするとそれ以上に自分がどう見られたいかが反映される。「こんな素敵なものを見つけ出して差し出せるわたし」でありたいのだ。そのささやかな虚栄心につけいることが商売では大事になってくる。フェイスブックは利用者に、その利用者が実際に読むであろう記事と、本人が読みたいと思っている(が実際にはあんまり読んでいないたぐいの)記事を両方配信する。マクドナルドが野菜のメニューに力を入れたら、来客者は増えたが実際には揚げ物の売り上げが伸びたなんてこともあったらしい。人間のすることは悲しくも可笑しくいとおしい。
結局のところ、分析していっても、「プロモーションにある程度は金かけないとだめ」「どこかでインフルエンサーに届かない限りきびしい」というぐらいしか確かに言えることはないのだという。名もない人の草の根の口コミで大ヒット、みたいな事例はほとんどないらしい。うーん、なんだかさびしい気もするけどそんなものかとも思う。一方それは「インフルエンサーが拡散すれば大ヒットする」ということともまったく違う。有名人が拡散してもヒットしないものはいくらでもある(これは体感と一致する)。少しでもインフルエンサーに届く確率を上げるために仕掛けを打つことはできる。でも届くかどうかも、届いてもヒットするかどうかも、確かなことはなにもわからない、というのが実際のところであるようだ。そこには救いがあるようにも思われる。


細かいところで面白かったところ:

  • 優れているものが人気があるとは限らないみたいな文脈で、メガネについての言及があった。いわく、メガネをかけているというのは身体的特徴としては欠陥にあたるはずであるから、本来であれば少なくとも優れているから人気を集めるようなものではないはずだ。というようなことを書いておいて、「しかし現代では、メガネをかけたセクシーな司書は常に人気がある。」……それはおまえの趣味だよな? (読んでるときは思わず笑ったけど)
  • 『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』はもともとファンフィクションサイトでアマチュアが連載していた小説だったんだそうだ。ネット連載のエロ要素有りの二次創作って地雷要素ハネ満ぐらいじゃないですか。それが大ベストセラーになって映画になって異国でまでスクリーンにかかったってんだから夢があるよねー。なろう系の究極のあがり形態と言えよう。日本ではあんまりそういう感じで宣伝してなかったと思うけど、単におれが興味なかったから目に入らなかっただけかな。