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『オブジェクタム』 高山羽根子著 朝日新聞出版,2018-08

オブジェクタム

オブジェクタム

三編を収めた短編集。表題作「オブジェクタム」はやや長いが中編と言うには短いか。語り手が自分の育った町を再訪し、少年時代のことを回想する。町に時々貼られていた謎の壁新聞。発行人不明だったその新聞は、しかし書かれていることはしっかりしていて町の人にもけっこう人気があった。語り手は実は自分の祖父がそれを書いているということを知っていて、しかも取材や貼り出しなどを手伝っていた。町はずれの草深い空き地の中に張られたテントの中で人知れず活動を続けるふたり。だがその日々にも終わりが来る。まだ秘密を持っていたらしい祖父と、町に隠された別の秘密が、時を経て露わになる。聡明でまっとうな人だった祖父が壁新聞を通して地下水脈のように町の人に影響を及ぼしていたというモチーフはすごくよくて、それと最後にあらわれる秘密が呼応しているようでぐっときた。「太陽の側の島」は太平洋戦争末期頃の時代設定で、南方へ出征した夫と日本にいる妻との間で交わされた往復書簡の形式をとっている。おたがいの身に少し不思議なことが起きて、それがなんであったのかがはっきり示されることはないのだけど、最後にはどうやらおたがいがどのような関係にあるかが提示されて、そこですごくはっとさせられる。なんとも切ない読後感もあって印象に残る一品だった。三編目の「L.H.O.O.Q.」は逆に個人的にはあまり印象に残らなかった作品。ともあれ作者の他の作品もちょっと読んでみたくなった。