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『ハロー・ワールド』 藤井太洋著 講談社,2018-10

ハロー・ワールド

ハロー・ワールド

連作短編集。一篇ずつは別々に発表されていて独立した短編としても読めるが、語り手のプログラマー文椎泰洋(ふづいやすひろ)は共通で、他にも何人かの人物が複数の作品に登場したり作中の出来事があとの作品に影響を及ぼしていたりするのでまとめて読めるのはありがたいところかも。
表題作「ハロー・ワールド」は、主人公たちが組んだ小さなプロジェクトで販売を始めた広告ブロッカーアプリ「ブランケン」が突然インドネシアで妙な売り上げの伸びを見せるところから物語が始まる。ブランケンはどうということのないアプリのはずだったが、このアプリにしかできないことがあって、買う人たちは切実にそれを必要としているのだった。自分の国の日常から他国の非日常へ、インターネットというものが本当に世界を繋いでいて、たったひとつのアプリケーションが現実を動かす可能性があるということを鮮やかに描いた構成が実に見事。綺麗事ではないながらも前を向いたビジョンを示してみせるあたりも含めてまことに藤井節という感じで、こういう話はなかなか他の人には書けないと思う。
「行き先は特異点」はユーモラスな作品。アメリカ中部のどうということのない平原を車で走っていた文椎は、Google Street View の撮影車両に追突されてしまう。Google の車両が他の車に衝突するなんて、と思っていると運転手も首をひねっている。操縦がうまくいかなくなってしまったのだという。事故の報告や保険の適用などの関係でしばらくその場にとどまっていると、やがて一台の荷物宅配用ドローンがやってくる。なにもない平原にドローンは荷物を下ろしていく。明らかな誤配だが、でもなぜ――という発端から、ちょっとした謎解きがあって、最後に思いがけない印象的な光景があらわれる。軽妙な雰囲気がいい感じ。
「五色革命」は一転緊迫したムードが全編を覆う一篇。バンコクに営業で滞在していた文椎は、その最終日にクーデターに巻き込まれてしまう。デモに足止めされてホテルから出ることすらかなわず、武装集団に空撮用ドローンを接収され、さらにリアルタイム中継にも協力しろと脅される。武装集団は実のところ素人に毛が生えた程度の学生たちだった。ガジェットもテクノロジーも使われ方次第で良くも悪くも世の中を動かし得る。
「巨象の肩に乗って」はツイッター社のポリシー変更で自由な空間が失われると感じた文椎がマストドンを用いてインターネットの自由を生き延びさせようとする話。書かれたときはもう少しマストドンにも希望が満ちあふれていたのだろうか。とはいえ描かれる事態には現実世界と地続きの切実さがあって、そこがいい。
「めぐみの雨が降る」は仮想通貨の話。こちらも自由と開かれていることへの希望と祈り、と自分は読んだ。
というわけで、安定の藤井作品というところであり、とてもよかった。筆が速いのもこの人の強いところで、まだ読んでいない作品が実のところけっこう溜まってしまっている。また新しい作品を読みたいと思う。