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『かがみの孤城』 辻村深月著,2018 ポプラ社,2017-05

かがみの孤城

かがみの孤城

言わずと知れた、2018 年の本屋大賞受賞作。
主人公こころは中学校に上がってまもなく不登校になる。学校に行くことができず、フリースクールにもどうにも足が向かない。母親は仕事の時間を割いてこころのためにいろいろ動いてくれるが、それさえこころにはうっとうしく感じられてしまう。なのにこのままではいけないという焦燥感は脳裡から離れない……。そんなある日、自分の部屋にある姿見が光り出す。そこへ手を伸ばすと、こころは引きずりこまれるように鏡の中の世界に入ってしまう。そこにはオオカミの仮面をつけた女の子が待ち受けていて、なぜか高圧的な態度でこころを屋敷の奥へ招く。こころは怖くなってその日は逃げ出してしまうが、翌日ふたたび鏡が光り出し、こころは好奇心にあらがえず再び鏡の中に入っていく。
鏡の中でこころは同じように鏡を通して屋敷に入ってきたらしい、自分と近い年頃の少年少女六人と出会う。オオカミ仮面の女の子はこころを含む七人にこの屋敷の中で鍵を探せと命じる。そして最初に見つけた者ひとりだけの願いをかなえるというのだ。期限は来年の三月三十日。その日を過ぎたら屋敷は閉じられて誰も二度と屋敷に戻れない。屋敷は昼間は開いているが 17 時には閉まるからそれまでには必ず自分の部屋に戻ること。さもないとオオカミに食べられてしまう。そんなルールを告げて、女の子は姿を消す。
というわけで少年少女たちの奇妙な日々が始まる。こころもそうだが、みんな平日の昼間に普通にあらわれるので、どうやら学校には行っていないらしい。鍵を必死で探すわけでもなく(少なくともこころはそうしないし、こころの知る限りみんなもしていない)、なんとなくやってきてなんとなく過ごしている。ゲーム機を持ち込んだり、お菓子を持ってきたり、お茶を淹れてきたり。いつしか暗黙のルールのようなものができて、おたがいのことは詮索せず、ただその場だけで関係が築かれる。こころにとってそれは居心地がいい。しかし現実世界では状況は少しも好転していない。
そしてそのうちに、屋敷の中の状況にも変化が現れ始める。少しずつおたがいの素性が見えてきて、タイムリミットも近づいてくる。あることをきっかけに七人の共通点が判明し、こころは外の世界に目を向けはじめるようになる。鍵は見つけられるのか、かなえられる願いはなにになるのか。築かれた友情は鏡の外にも持ち出すことができるのか。オオカミ仮面の女の子は何者なのか。終盤鮮やかに謎解きがなされ、物語は見事に着地する。
もともと雑誌連載だったらしいのだが、中盤以降の展開を決めていなかったため、作者は途中でそれが閃いたときに連載を中断してあとは書き下ろしにしたのだという。なんかむちゃくちゃな話だが実際にはすでに書いた部分にもほとんど修正の必要はなく、結果的にこれだけ面白い話ができているのだから正しい判断だったのだろう。
こころを含めた七人がそれぞれに抱える事情は、ものすごく複雑だったり突拍子もなかったりはしないけど、どこかありそうと感じられるところがある。そして、中学生という年頃、あるいは中学校という空間が持っているきゅうくつな感じもまた、日本で育った多くの人が共有している感覚だろうと思う。現実にその中で上手くやっていけない少年少女たちに実際にこの物語がどこまで響くかはわからないけれど、それでも多くの人に小さな灯りのような希望を抱かせてくれる小説だと思う。
てなことは抜きにしても、単純に読みやすくて面白い。おすすめ。