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『君待秋ラは透きとおる』 詠坂雄二著 KADOKAWA,2019-06

君待秋ラは透きとおる

君待秋ラは透きとおる

今日日珍しい――おれが知らないだけかもしれないが――能力バトルもの小説。作中の世界設定はその能力以外は現代の現実世界とほぼ同じで、能力を持つ者自体もかなりレアな存在、具体的には 1000 万人に1人ぐらいのオーダーと推定されている。主人公の女子大生君待秋ラ(きみまち・あきら)はその数少ない能力者のひとりだが、ある日突然他の能力者に待ち伏せされ、組織への加入を勧誘される。君待がそれを拒もうとしたことから、その能力者・麻楠とのバトルがいきなり勃発してしまう。
君待の能力は「透明化」。一定の範囲内の物質を一定時間透明化することができるかなりとんでもない能力で、自身に用いれば透明人間になることもできる。だがデメリットもあって、網膜が光をすべて素通ししてしまうために目が見えなくなってしまうのだ。もちろんこれを逆用すれば相手の視力を奪うことができる。一方の麻楠の能力は「鉄骨生成」。長さや重さには制限があるものの、任意のタイミングで自分の身体の中から鉄骨を生成することができるという、これは正直なんだかよくわからない能力だが、状況によってはすこぶる強い。いずれの能力も使うためには体力を消耗するので、限りなく使い続けるようなことはできない。
麻楠が所属し、君待を勧誘しようとしていた組織は「日本特別技能振興会」という何の変哲もない名前をつけられた小さな組織で、作中では“匿技士”と呼ばれている能力者たちと、その能力を分析する研究者が所属しているのだが、とにかく冒頭にも書いたとおり能力者は非常に少なく、東京に三人、京都支部に二人、という規模なのでほんとうにこぢんまりしている。君待は結局振興会に所属することを決めるが、そうするとそれだけでそこそこいい給料がもらえて、しかもこれといって仕事はないという身分になることができる。冒頭のバトルとこのあたりの暢気な日常との落差はおもしろく、これは能力もののひとつのお約束かもしれない。
このあとアメリカから来た匿技士との演習バトルが挟まったあと、伝説の匿技士をめぐる終盤の展開へなだれこんでいく。それほど多くは登場しない匿技士のなかだけでも無茶な匿技がばんばん出てきてほんとに何でもありという感じなので、ぎりぎり破綻を免れてるかなという感じは否めないが、ともあれ本書についてはそれなりに納得のいく形で終わらせられていると思う。
使い捨てるには惜しい設定なので、共通の世界で短編をもういくつか書いても面白いかなと思うが、それをするには強い能力がすでに出すぎてしまっているかもしれない。鉄骨みたいなピーキーな能力を工夫して戦うみたいな方向性の方が個人的には好きではあるけど、実際書くとなると大変だろうしな。