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『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』 ピーター・ゴドフリー=スミス著/夏目大訳 みすず書房,2018-11

タコの知性について、おれはあんまり考えたことがなかった。生きているタコも水族館でしか見たことはないし、その水族館のタコも自由闊達に暮らしているという感じではなかった。タコツボを沈めとくと時々入ってるらしいから、まあその程度の知能なんだろうなあ、と認識していた。しかしどうもそうではないのではないか、と筆者は説く。
とはいうものの、タコがものすごく賢いという話ではない。少なくともはっきりそうわかる証拠は見つかっていない。それなりに難しい知能のテストにパスできるが学習は遅く、めざましい水準に達するというほどでもないらしい。でも、たとえば水槽の上にある照明に水を吹きかけて――おそらくは意図的に――ショートさせてしまったりとか、特定の研究者だけを狙い撃ちにしてその人が通るたびに水を吹きかけるとか、そういうことはできるらしい。どうだろう、思ったよりは賢いのではないだろうか。極めつきはえさとして毎日のようにイカを与えられたタコが見せたリアクションなのだけど、これはまあ読んだ人のお楽しみに取っておこう。そのタコは驚愕するほかないような行動をとってみせた。
で、このことの何がすごいかというと、タコはわれわれ人間とは相当以前に枝分かれした生物だというところだ。類人猿が賢いのはまあわかるし、犬や猫、一部の鳥が賢いのもまあまあ、脊椎動物だもんねというところだけど、タコは違う。クラゲよりはマシだが肺魚よりは原始的というあたりで袂を分かっている。おそらくその時点では生物に知性はなかっただろう。ということは、タコはわれわれとは別個に知性を発達させた可能性が高い。平行進化は生物の歴史では珍しくないが(たとえば「眼」は何度となく別々に生物の進化史に登場する、あんなに複雑な構造なのに)、知性となると話は別で、つまりタコとふれ合うことは今人間が可能な中でもっとも異星人とのコンタクトに近いのではないか、と作者は言うのだ。
ここまではめちゃめちゃわくわくする話なのだが、残念ながら後半は知性に関する話はあまり出てこない。イカの謎めいた生態や、知性を感じさせる振る舞いがいろいろ紹介されるのだが、面白く興味深いとまでは言えるものの、これが別個の種類の知性とのコンタクトと呼べるだろうかというとちょっとそれは厳しいかなというところ。もうひとつ残念なのはタコにしてもイカにしても驚くほど早死にらしいことで、なんか二年ぐらいで死んじゃうんだそうである。これほどの知性の持ち主であれば、長く生きればもっと知識を蓄えて知性を高めるだろうに。