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『うつくしい繭』 櫻木みわ著 講談社,2018-12

うつくしい繭

うつくしい繭

これは面白かった。これを書いている時点で読んでから半年ぐらい経ってるのでもうあんまりよく憶えていないのだが、とりあえず。
四つの短編が収録された、作者のデビュー短編集。四編とも短編というにはいささか長いが中編というにはちょっと短いかもしれないくらいの長さで、おたがいに明確なつながりはないが共通する登場人物はいたりする。
表題作の「うつくしい繭」はラオスの人里離れた山奥にあるデトックス施設のようなところでひょんなことから働くことになった日本人女性の物語。外界から切り離されて、なににもわずらわされずに最高にリラックスした時間を過ごせる「繭」。これを利用するために世界中からさまざまなセレブたちがはるばるやってきて、一週間そこにこもったあとは驚くほどすっきりした様子で出てくる。主人公はひどく手痛い失恋を経験して日本から逃げるように東南アジアを旅していたが、ここで施設の手伝いをするうちにゆっくりと心の平安をとりもどしていく。繭と料理人の描写がとにかく見事で、こんな施設あったらいいなとちょっと思ったりしたのだが、よく考えるとおれそこまで疲れてないな……。
一番強烈な印象を残したのが「夏光結晶」。大学生の主人公ミサキの前に新入生として現れたひとつ歳下のみほ子は、サークルのバーベキューの帰りに立ち寄ったファミレスでフォカッチャを8枚も平らげて周囲の度肝を抜く。南西諸島出身の彼女はおおらかで大胆、夏休みに故郷である南西諸島の「なにもない島」に遊びにおいでとミサキをさそう。どういうわけかミサキはその誘いに乗って、宿泊施設ひとつない島まで遊びに行ってしまう。そこで見つけたガラスのような球と、それにまつわる因縁がふたりを思いがけない関係に導く。夏の光を体現したようなみほ子と、島の自然の描写がやはり鮮やかで、わけても登場する食べ物のおいしそうなことといったらない。まさにタイトル通りの、夏の光が結晶したみたいな短編。
「苦い花と甘い花」は東ティモールに住む不思議な少女の話。土地の精霊の声に囲まれて暮らす彼女が、その声のおかげで思わぬ場所にまで引き上げられるが、その行き着く先できびしい選択を迫られる。
「マグネティック・ジャーニー」はインドを舞台にした、他の三編と少しだけ毛色の違う物語。とはいえ土地の持つ力とそれを活かすことができる人物という点では共通してるとも言えるのかな。ちょっと不思議なおちが用意されているのも印象深い。
いずれにしてもデビュー作にしてすでに作風を獲得していてそれは本当に強いなと思う。この方向で書き続けるのか、あるいは違う方向に広げていくのか、いずれにしても次作が出たらまた読んでみたいと思った。