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『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 ブレイディみかこ著 新潮社,2019-06

著者の書いたものはインターネットでしばしば目にしていた。最初はたぶん音楽関係の記事だった。おれ自身もう UK ロックもまったく聴いていないが、なにか昔聴いてたバンドのことかなにかを調べていて行き当たったのだと思う。なんというか、静かな中にどこか諦めのようなものがあるような、でも底の方に怒りのようなものが流れているような、不思議にひきつけられるところのある文章を書く人で、妙に目立つ名前もあってこの人の名前を見ると記事にとりあえずは目を通すことが多くなっていた。そのころにはもうロックの記事ではなく当地の生活や政治事情にまつわるコラムに軸足が移っていたと思う。それでも記事はやっぱり面白く、ワーキングクラスに近い位置から見上げるイギリス、というのは興味深かった。
とはいうもののこの連載のことは知らなかった。本になる、とネットの記事で見て初めて知った程度だ。作者の息子さんが中学校に上がるに際し、いくつかの学校を見て回るところからコラムは始まっている。イギリスの公立校にも露骨な格差があって、いいところと悪いところの差は歴然とあるらしい。作者はたまたま比較的いい地域に住んでいたため、息子さんはそこそこ毛並みのいい小学校に通っていた。中学校も「いいところ」に行こうと思えば全然行けたのだが、学校見学のすえ息子さんが選んだのは「元底辺校」。学校紹介の際にいろんな生徒が入れ替わり立ち替わり出てきては歌ったり詩を読んだり芝居をやったりするのがすごく楽しそうだったから、だという。作者もその学校にはそこはかとない好意を抱き、息子さんをそこに通わせることにする。
というわけで、作者の息子さんを軸にイギリスの暮らしが語られる。なにしろ知らないことが多いし、それでいて中学校生活というのは自分の国にもあるしもちろん自分も体験しているものだから、彼我の差がめっぽう面白い。作者はイギリスのいいところも悪いところも分け隔てなく書いている――少なくともそう見受けられる。そして息子さんのキャラクターの痛快なこと。まっすぐで、もちろんまだまだ未完成だけど、しっかりしていて、愛すべき少年なのだ。貧困家庭の友人に中古制服をこっそり分けてあげるときの言葉の素晴らしさ。水泳大会の場面では応援せずにはいられないし、本書のタイトルになった言葉には唸らされる。
イギリスの社会が垣間見えるところもよかった。確か大雪の日だったか、買い物に出られないお年寄りが食べるものに困る、という事態になって、でもすぐに近所の人たちが連絡を取り合ってうちにはパンがあるとかうちはハムが余ってるとか言って、みんなで持ち寄ってサンドイッチをいっぱい作って、それで近所に配って回る、っていう場面があるんだよね。こういう互助って東京ではほぼ機能しないんでないかなーという印象はあって、羨ましいとは少し違うかもしれないけど、ちょっとだけ眩しく思えた。

おれが読んだあと、本屋大賞ノンフィクション大賞とかを受賞して、なんだかえらいことになったけれど、それとは関係なく面白い本だった。おすすめです。