黄昏通信社跡地処分推進室

黄昏通信社の跡地処分を推進しています

『翻訳夜話』 村上春樹、柴田元幸著 文藝春秋社:文春新書,2000-10/『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』 村上春樹、柴田元幸著 文藝春秋社:文春新書,2003-07

翻訳夜話 (文春新書)

翻訳夜話 (文春新書)

二冊まとめて(だいぶ違う本なのだが)。村上春樹柴田元幸という、当代随一の翻訳家が翻訳の面白さについて対談形式で語るというもので、それは面白いだろうという本。1の方はもともと大学で行った講義であったらしく、柴田元幸が持っている講義のゲスト講師として村上春樹が登壇した、というような経緯だったようで、学生にとってみれば貴重な体験だっただろう。翻訳には唯一の正解はないけどよい翻訳と悪い翻訳はある、とか、作品は書かれた形で固定されてしまうけど翻訳はその時々で違った翻訳がなされるべきで、それは翻訳のいいところでもある、とか、そういう話は繰り返し出てくる。後半には同じ短編をそれぞれ柴田と村上が訳してみせるという試みもあって、これがもしかするとこの本の真骨頂かもしれない。これをなんとなく読み比べるだけでも「翻訳には唯一の正解はないけどよい翻訳と悪い翻訳はある」ということはぼんやりと体感できるし、そもそもすごくぜいたくな話だ。実は大昔、2ちゃんねるで海外のマジック記事の和訳やってたとき他の訳者と訳す記事がかぶっちゃって、まあ折角だから両方読んでもらおうぜみたいな感じでふたりとも訳を上げたことがあるんだけど、文章一本の単位で自分が訳したものと人が訳したものを比べるのはすごく面白い体験で刺激になったのを憶えている。まあ読んでる方からすれば和訳のリソースは限られてるんだからちゃんと調整して別のもん訳せよ、というところだっただろうけど、当事者としてはとても楽しかったのだった。閑話休題、1の方はそんな感じ。2の方はみんな大好きサリンジャーとその作品についてふたりが語り倒すという、どちらかと言えば作家・作品論的な要素が強くて、もちろん翻訳の話もいっぱい出てくるんだけど(『ライ麦』におけるいわゆる「ホールデン節」をどう訳すか/訳さないかとか)、サリンジャー全然読んだことなかったら流石に面白くないと思う。逆にライ麦だけでも読んでいればサリンジャー全部読んでなくてもそれなりには楽しめるだろう。