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『数の女王』 川添愛著 東京書籍,2019-07

数の女王

数の女王

  • 作者:川添 愛
  • 発売日: 2019/07/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
著者お得意の数学ファンタジー。今作のテーマは数論である。数論というのは不思議な分野で、整数を扱う分野なわけだが、整数というのは数全体のなかに離散的にぽつりぽつりと存在する部分集合に過ぎない。それも比較的「人間にとって直感的に理解しやすい数」というくくりのように思われる。なのに、その中に極めて美しく、あるいは興味深い性質がさまざまにあらわれる。それはすごく不思議なことのように思えるのだけど、同時に数学そのものが持つ美しさを思うとそれほど不思議でないような気もしてきて、考えているとなんとも奇妙な気持ちにさせられる。
本作の設定は「人ひとりひとりが固有の〈運命数〉を持って生まれる世界」。人はその運命数の性質によっては特別な能力を持つこともあるのだけど、基本的に一般の人は自分の運命数を知らないまま一生を送る。それどころか普通の人は計算をすることすら許されていない。実は、相手の運命数を知って、それを素因数分解することができると、その相手を特殊な方法で攻撃できるようになるのだ。
主人公のナジャは幼い頃に両親を亡くし、養母である王妃にうとんじられて辛い日々を送っていた。優しくて賢かった姉のビアンカはある事件の日を境に行方不明になってしまい、ナジャはますます肩身の狭い暮らしを強いられる。そんなある日、ナジャは計算を行う妖精たちと出会い、それをきっかけに世界の秘密に少しずつ迫り始める。謎めいた王妃のしもべ“黒の”マティルデ、衛兵隊長トライア、そして五人の妖精たちと、何故かそれぞれに陰のある周りの人たちに助けられながらナジャは成長し、やがて王妃の投げかける呪いから逃れようと試みる。
物語と数学の融合は本当に難しいと思うし、本作もものすごく綺麗に数学を小説に埋め込むことができているわけではない。でも、読んで楽しく、数の不思議さや美しさを覗かせてくれる入り口としてこの作品以上のものがそうそうできるとも思われない。どうしても『精霊の箱』と比べてしまって評価がいささか辛くなってしまうが、本書もとても面白かった。数論好きな人はこれの元ネタはあれだなとか考えながら読むのが楽しいだろうし、そうでないひとがあまりテーマとか気にせずに読んでも楽しめると思う。面白かったです。