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『みんなにお金を配ったら-ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?-』 アニー・ローリー著/上原裕美子訳 みすず書房,2019-10

みんな大好き、ベーシックインカム。でもこれって結局なんなんだろう、どういうことなんだろう、と思っている人も多いんじゃないかと思う。というかまあおれがそうだったのだが、その辺りのざっくりした把握をするにはなかなかいい本だった。
国にもよるけど、さまざまな事情で所得が不足している、あるいはまったくない人に対する扶助の仕組みというのはなにかしらあるものだ。しかしそれは往々にしてバランスを欠いていたり、網の目が粗すぎたり、そもそも自分から手を差し出さないと助けてもらえなかったりする。もちろん完璧な仕組みはあり得ないわけだけど、多くの場合貧しい人の上げる声は小さく、改善は中々うまくいかない。あるいは扶助の差の要因として根本的な差別が横たわっていたりもする。結果的に場当たり的でつぎはぎだらけのシステムができる。失業してる人はこれ、家のない人はこれ、年収いくら以上の人にはこれはだめ、子供がいなければこの扶助はだめ、財産がある程度以上あったらだめ、……もちろん過剰な扶助はよくないしそんなお金はないんだけど、制度が複雑になりすぎて本来届くべき人にお金が届かなかったら本末転倒だ。
そんなことしてるぐらいなら、みんなに一様に配っちゃえばよくない?
というのがこのアイデアの根幹だ。贅沢はできないけど最低限暮らせる程度のお金を国民全員に配っちゃう。ものすごく乱暴だし大雑把でちょっと唖然としてしまうほどだけど、でもこれをすると扶助の仕組みは必要なくなる。事務の手間も大幅に減る。網の目からこぼれる人も、手を差し出せないまま扶助を受け損ねる人もいなくなる。なんたって全員に配ってるからね。
それで、一応社会実験も複数の地域で行われていて、悪くないアウトカムはあるらしい。たとえば誰もが思いつく「そんなことしたらみんな働かなくなるんじゃないの?」については、おおむねそんなことはないという結果が出ているという。まあそれはそうだろうね。ただ、多分だけど、この実験をするときに他の扶助を一時的に全部止めたりとかはしない気がするので(するとしても実験が終われば元に戻すことは保証されるだろう)、被験者にとってはベーシックインカムは単純な給与の向上のように受け取られるだろうから、わざわざ仕事を辞めるって選択肢はないだろうとも思う。
ただやっぱりやるとなると財源が問題で、普通に考えてそんなお金ないし、いくら他の補助を打ち切ったって到底足りるはずがない。議論を続けていけば結局その根本的なところに立ち戻ってしまうし、そこをなんとかするアイデアがなければ「空からお金が降ってくればいいよねー」という話とあんまり変わらないんじゃないかと思ってしまう。みんなに配ればうまくいきそうなことはわかった。これからは、どっからその金を持ってくるんだ、の議論をしなければ意味がない。