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『西への出口』 モーシン・ハミッド著/藤井光訳 新潮社:新潮クレスト・ブックス,2019-12

西への出口 (新潮クレスト・ブックス)

西への出口 (新潮クレスト・ブックス)

主人公の若いふたり、サイードとナディアは、名前の明かされない国*1の大きな都市で夜学に通う生徒同士として出会い、惹かれ合いつきあい始める。だが内戦が激化するにつれ都市には戒厳令が敷かれ、ふたりはおたがいに会いに行くことすら難しくなる。サイードの母は流れ弾に当たって命を落とし、ナディアはサイードの家に身を寄せてサイードとその父と三人で暮らし始める。しかしさらに状況は悪化して、サイードとナディアは都市を出ようと決意する。ここを出ないと頑なに固辞するサイードの父をとうとう残してふたりは家を出る。エージェントと接触し、安くない金額を支払うと、ふたりは〈扉〉に案内される。この〈扉〉の位置付けがこの物語のもっとも大きなフィクションで、そこを通り抜けるとまるでドラクエ旅の扉のように、瞬時にふたりは別の町に着いているのだ。ふたりは着いた先の都市で暮らし始めるがそこにも安寧はなく、やがて新たな扉へ歩み出すことになる。シェンゲン協定のようなものがあまねく世界中に広がっていったらこんなようなことになるのだろうか? だが扉をくぐってもくぐってもサイードたちはよそ者でしかない。そしてふたりは少しずつ変わっていく。長年共に暮らしていればおたがいが相手を自分の方に引きつける――あるいはおたがいに自分を相手に寄せていくことでふたりの落ち着くところを見つけていくものだけれど、たぶん、このふたりには、世界からうっすら拒絶された状況が続く中でその作業を続けることはむずかしかったのかもしれない。物語の合間合間に断片的に挟み込まれる世界各地の短い描写は、ストーリーとは関係ないが印象深く、作中世界の状況をよくあらわせていると感じた。ちょっと引っかかるところの残る、でもそれに対応する概念が自分の中に全然ない、という感じ。

*1:パキスタン――作者の生まれた国――ではないかとされているらしい。